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★★★日経BP社
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小田嶋隆の名を見かけるといまだに反射的に「お、頑張れよ」と言いたくなってしまう。ま、まともに考えて世の中を無事に渡っていける人とは思っていなかったからです。

人間、正直に生きろよとかいいますが、正直すぎたら生きていけない。小田嶋隆ってのはそのギリギリの部分をえぐろうとする。危険水域。「我が心はICにあらず」が初期の代表作ですね。

だいぶ以前、アルコール依存になったと聞いて、さもありなんと思いました。その後発見したブログでは、イグアナかなんかを仕事場の風呂場で飼って、ときどき散歩に連れ出す。広場を恐れ、ごつい顔のイグアナが震えているとか書いていました。まだ奥さんがいるのかどうかも知りません。先日は自転車からスッ転んで大腿骨を折ったらしい。

で、この「超・反知性主義入門」は最新作のようです。中身は、ま、いつものオダジマ節。この人、トシくってからだんだん論理的に書くようになってしまったなあ。順を追って論理的に書かないとアホ連中の批判がすごいからだろうか。ちょっと物足りない。


★★ホーム社
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なんで政治家が自信たっぷりなのか、マスコミがだらしなくて記事も番組も面白くないのか。そのへんをイケガミ先生が鋭く・・・・というほどでないか。

だいたい想像通りの内容です。忖度するばっかりでひたすら安全運転のマスコミ。それをいいことに好き勝手やってる政治家。コロコロ騙されている国民愚民。この困った構図をどうしたらいいのか。

政治家が悪いのは古今東西当たり前のことなんで、すると原因はマスコミですね。マスコミ、お前だぞ。もちろんイケガミ先生もその一員なんですが、それにしてもどんどん悪化している・・・らしい。


ふとしたことでトルコの例の音楽、軍楽隊の耳につく旋律を聞いてしまった。最初は向田邦子の連続テレビ「阿修羅の如く」で聞いたのかな。メフテルというものらしいです。演奏しているのはCeddin Dedenという楽曲で、これも定番らしい。

最近にエルトゥールル号事件の何周年かがあったらしく、ネットには日土友好イベント絡みのメフテルがたくさん乗っています。演奏しているのはほとんどがジェッディン・デデンですね。他に曲はないのかというくらい。

でまあ、そんな演奏を見て面白がっていたら、成り行きで日本の自衛隊の軍楽隊(軍でいいのか?)になって、こっちは陸軍分列行進曲。やはり非常によく聞く曲です。コメント欄に「これは抜刀隊の歌だ」と書いてあって。え? 抜刀隊・・・。

分列行進曲と抜刀隊に関係があるとは知らんかった。

困ったときのWiki。ちょいとサラッてみると、要するに西南の役で予想外の白兵戦要員が必要になり、仕方なく抜刀隊を組織した。田原坂のあたりです。で、その後、明治15年になって東京帝大の外山正一が新体詩として抜刀隊の詩を発表した。そこにお雇いフランス人が曲をつけた。

そのへんは特に不思議でもないんですが歌詞が面白いですね。

 我は官軍 我敵は 天地容れざる朝敵ぞ
 敵の大将たる者は 古今無双の英雄で
 これに従う兵は 共に慄悍決死の士
 鬼神に恥じぬ勇あるも 天の許さぬ叛逆を
 起こしし者は昔より  栄えしためし有らざるぞ

なるほど。西郷は敵といえども古今無双の英雄なんです。賊軍兵士も慄悍(ひょうかん)で決死の士。おまけに鬼神に恥じない勇者。作詩の外山センセの個人的な考えかもしれませんが、そのまま通用したってことは社会全般、敵といえどもあっぱれ・・・という感覚だったんでしょうか。

でまあ、この抜刀隊を芯にして、ちょっと付け加えたのが陸軍分列行進曲。

まったく正反対の軍歌もあったよなあと調べてみたら、ありました。敵は幾万、ですね。
 敵は幾万ありとても
 すべて烏合の勢なるぞ

こっちはてんで反省がない。傲慢に決めつけている。わずかの間に時代が変化して、人間が不遜になった。敵に対する意識の推移。面白い検証になりそうです。

ということで調べてみましたが、ちょっと思惑と違った。「敵は幾万」は山田美妙の新体詩で明治19年に発表。うーん明治19年か。抜刀隊とたった4年の差しかない。さすがにそれでは時代の変化と言い切るには無理がありそうですね。単に外山正一が西郷を貶めたくなかっただけみたいです。ちょっと世間の雰囲気を読んで、忖度して、ヨイショしたのか。それとも西郷を好きだったとか。

★★★ 河出書房新社
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この作家で読んだのは「父を想う」「愉楽」の2冊だけだったかな。「父を想う」はけっこうストレートな感動ものでした。「愉楽」のほうはなんというか難しい。

その難しいほうの系譜を本人は「神実主義」と称しているようです。荒唐無稽のようだけど、中国ならなんでも起きる。すべてが真実。「市長に任命す」というめでたい証書を振りかざせば天地が言祝ぎ、枯木に花が咲く。芳しい風が吹き、緑がぐんぐん成長する。

改革開放と期を同じくして放免された老父が帰宅して4人の子どもに命令。四つ辻からそれぞれ4つの方向に歩き、最初に出会ったものを大切にせよ。で、長男はチョークを拾って教師になり、次男は印鑑を拾って政治家に、三男は行軍に出会って軍人に、4男はなぜか猫。そして一家のライバルである家の娘は、仇敵一家のその次男に出会ってしまう。

次男は万元戸になり、村長に選出。そして村長が鎮長に出世するとなぜか役所の秘書嬢は上着のボタンを外す。スカートを脱いでソファに横たわる。花瓶の枯れ花が匂いだす。市長命令を出せば天も感じて雪も降る。勲章かざした軍隊が堂々と行進すれば、進軍の後には見事な滑走路ができあがる。

ま、要するに河南省の小さな村がどんどん大きくなり、四人兄弟の次男である野心に燃えた若い村長はぐんぐん出世し、鎮は県になり、市になり、上海や広州のような特別市にまで発展する。果てしない欲望と野望のストーリー。誰も幸せにならない。ま、そういうことです。

傑作とは思いませんが、行間のエネルギーはすごい。中国作家ってのは、そもそもの覚悟が違うんだなあ・・と心の底から思います。


その義姉の葬儀にて、お斎の場で喪主からの報告。実はまだ戒名をもらっていない。え?という経緯なんですが、要するに田舎の菩提寺が戒名を出してくれないらしい。何代も前から付き合いの深い寺で、一時期は檀家総代に近いような位置にいたこともある。その後は関係が薄くなり、数十年前からは長男が東京へ出てしまったり。もちろん墓はそのまま置いてある。

喪主によると、一家が田舎を離れたため疎遠になりがちなのは自覚していたんで、盆暮れの布施は欠かさないように気をつけた。年に2回ほどは住職の顔も見にいき、関係を切らさないように注意していたとのこと。しかしいざ逝去ということになって電話を入れると、東京までは行けないという返事。ま、仕方ない。では代理の坊さんを出してもらうとか・・というと、それは無理。じゃ東京近辺で知り合いの坊さんはいませんかと聞くと、そんなのはいない。はい。それでは戒名だけいただきたい・・と頼んだら、出せないという。戒名がほしいならこちらまで取りにこい。会ってから考えよう。

なんか、変な話なんです。単に依怙地な人なのか、それとも戒名料をふっかけようというのか。真意は不明。まだ継いだばかりで25~26の若い住職だそうです。経緯を聞かされた縁戚のトシヨリたちはなんのかんの怒っていますが、はて。ひとつ言えるのは、こうした菩提寺とか檀家とか、先祖代々の墓とか戒名とか、みーんな時代にあわなくなってきた。このまま存続するのは無理でしょうね。

落ち着いたら菩提寺で話し合いをする予定とか言っていましたが、今後の成り行きによっては改葬ということもあるでしょうね。今の住まいの近くに移転する。それはそれで費用がかかるでしょうが、気分の悪いまま毎年お参りするよりはいい。

めんどうなもんです。

1週間続いた腹痛と下痢からようやく(ほぼ)回復。ひどかったなあ。

先週、長く病んでいた義姉が他界し、その通夜から帰った夜半に目をさましてトイレへ。ま、ちょっとお腹がゆるくなったのかという程度だったんですが。ちなみに、とくに変なものは食べていません。

翌日が葬儀で、また延々と電車に乗って遠征。この日はたぶん7~8回はトイレに通った。お斎にも手をつけず、ビールも飲まず、ほうほうのていで帰宅。よく家にたどりつけた。そして翌日は完全にダウンで終日寝て暮し、以後も少し食べては下し飲んでは下し・・・の日々。結局、1週間かかった。原因不明。ウィルスだったんですかね。

ほんとうをいうとまだ完治ではない。でも、ま、99%は回復した状況。こんなのは生まれて始めて・・・でもないか。20代の頃に胃炎をやったことがあって、あれが少し近い。

あの時は何も食べずに3日くらい、海老のようになって転がっていた。何を食べても受け付けない。爺さん医者に訴えたら「人間、水もお茶も飲めないなんてことはない!」と逆に叱られた。でも飲めないんですけど。(いまなら、たぶん点滴でしょうね)

たしか3日目になって、何か食べないと死ぬぞ・・と危機感を持ち、冷たい汗を流しながら商店街の300メートルを30分かけてヨロヨロ歩いて中華屋に飛び込んだ。たしか玉子スープを半分飲んだ記憶あり。アパートに冷蔵庫もなかったし、買い置きの食べ物なんて何もなかった。そういう時代です。

★★★ 文藝春秋
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以前読んだ「真珠湾からミッドウェイまで」の続編です。

ミッドウェイ作戦は暗号が解読されていて、南雲機動部隊が罠にすっぽり嵌まってしまった。それは有名ですが、その暗号解読チームというのがハリウッド映画のハッカー集団みたいな連中で、べらぼーに品がない。おまけに「次はミッドウェーだ」と言い張ったけど、さして根拠のある分析ともいえなかった。ミッドウェーという結論にも導けたし、そうではないと言い張ることもできた。ま、その程度のものだったと著者は書いています。ハッタリ要素が強く、いかにもアメリカ。

ともあれ日本海軍はミッドウェー戦で虎の子の空母を4隻失う。これで早期講和の目論見が完全に消えたわけで、以後の山本長官が何を考えていたのか不明。きちんと礼服を着てひたすら出陣を見送りしている姿が見受けられたとか。それぐらいしかすることがなかったのかな。

というのが前編でした。そして後編の本書はガダルカナルから始まります。

ガダルカナル、もちろん漠然とは知っていました。じつは田舎の生家の蔵の中に叔父たちの遺影がしまってあった。一般的なサイズかどうか知りませんが、かなり大きな額に入っています。高さが60cmか70cmくらいはあった記憶があります。修正も入っていたんでしょうが、生真面目そうな綺麗な写真でした。2枚あって一人はガダルカナル、もう一人は中支だったか北支だったの没。

(関係ない話ですが、使用の仮名漢字変換ソフトでは、中支も北支も出てきません。それより何より「支那」も候補にあがらない。候補にのらないってことは、使うべからずなんですかね。「中国を使いましょう」ということと「支那は使えません」では、ちょっと趣旨性格が異なります。文句たれたれだとまるでシンタロみたいだけど、気分は理解できる)

それはともかく。なぜガダルカナルだったのか。乱暴にいうと米海軍トップであるキング提督の反攻作戦「ウォッチタワー作戦」のカナメになったのがガダルカナルだった。もちろんキングの天敵であるマッカーサーは大反対したみたいですが。マッカーサーってのは、自分が主役でフィリピンに凱旋するんでない限り必ず反対する。

ザッというと日本がニューギニアのポートモレスビー侵攻にてこずっているのを見て、ソロモン諸島ガダルカナル(ちょうど日本軍が飛行場建設していた)にクサビを打ち込もうという作戦です。ここに拠点をつくれば米国と豪州の連絡路が確保できる。またここを扇のカナメにしてラバウルにも行けるし(行かなかったけど)、いかようにも北西方向へ展開可能。

米海兵師団が主役になったのはこれが最初かな。上陸艇でいっきに乗り上げた。それに対して日本側はどうも過少視していたようで、陸軍を増援したけど一気にではなくて少しずつ少しずつ。また遠くラバウルから連日編隊が飛来しては爆撃、日本の艦隊も駆けつけて何回もドンパチ海戦やるんだけど、どうもうまくいかない。

実は最初のうち、米海兵隊もかなり苦労したようです。しかし日本軍はもっと苦労した。たとえ同じ消耗苦労であっても、日本側の情勢はだんだん悪化する。米軍はと少しずつ改善される。この違いがだんだん大きくなるんですね。ジャングルに逃げ込んだ兵隊に食うものを届けようと日本の輸送船団が頑張ったけど、これもべらぼうに効率が悪くて、最後のほうでは食料入れたタルを縄でつないで夜中に海に投入して逃げるしかない状況。悪いけどこれを回収してくれ!(もちろん泳いで回収)です。

無残ですが責めるわけにはいかない。日本の輸送船なんて次々バタバタ沈められる状況だったわけです。ちょっと島の近くに長居しているとたちまち空から襲撃をくらう。海中からも魚雷をくらう。

日本の潜水艦も頑張ったけど、彼らは米軍の巡洋艦や駆逐艦をつぶすことにやっきになっていたんで、輸送船なんてほとんど無視していた。それに対して米軍の潜水艦はせっせと日本の輸送船を狙った。とくに油送船は絶好の獲物。こうやって日がすぎると、日本軍は飢える。物資燃料に欠乏する。おまけに無敵だったはずの航空機の優越性がいつのまにかなくなっていて、ラバウルから飛来したゼロ戦も簡単に火を噴くようになっている。特にグラマンヘルキャットが一線に投入されるようになってから、ゼロ戦の消耗率が一気に増した。

いろいろありますが、ガダルカナルを失ってからの状況は悪化の一途だったようです。ソロモン諸島の次はギルバート諸島タラワ、マーシャル諸島、そしてトラック、サイパン。あらためて確認してみたらサイパンのすぐ南がテニアン、そしてグアムと3島はつながっているんですね。テニアンはB-29の発進基地です。そしてこの群島の北というともう硫黄島になってしまう。玄関口。

北太平洋の戦いになると、もう日本の航空機は悲惨です。機体もないし、なにより搭乗者がいない。粗製濫造で一回も機銃掃射の訓練をしたことがないまま実戦投入のパイロットがたくさんいた。空母への着艦失敗で墜落する連中も多かったし、ようやく投入されはじめた新鋭機体は未熟練操縦士にとっては過大性能で、操縦ミスが多発した。

連合艦隊はまだ最後の艦隊決戦を夢想していたようですが、哀しいことにこれまで輸送を軽視したツケがまわって、肝心の燃料がない。大和も武蔵も、めったに動けないという状況になってしまった。

感じたことをいいかげんにメモすると
・米軍も陸海軍、提督将軍間のアツレキや競争は多かった。日本と同じようなもの
どちらにも勘違いや失敗はあったが、米軍のほうがまだしも柔軟性があり、なんとか修正に成功した。
どちらも損失は大きかったが、米軍は補ってなお余力があり、日本軍は補うことができなかった。つまり消耗戦モードになったらオシマイ。
日本軍の補給軽視の伝統。日本輸送船軍は米潜水艦の目標となり、末期には原油輸送ゼロという事態。
日本の人命軽視の伝統。防護の弱い航空機は簡単に火を噴き、しかも操縦士の回収率が低い。また火のついた軍艦は消火が困難でたやすく沈没
・初期のパイロットは少数精鋭にしすぎた。この精鋭がいなくなると補充が困難で一気にレベルダウン(劣化しすぎ)。要するに操縦士育成の長期的展望がなかった。

ということで、読み終えると哀しいものがあります。


Windows Updateについてはさんざん文句を言ってきましたが(多い、遅い、すぐ止まる、悲惨)、いつのまにか状況が変わっていたようです。

要するにWindows7のSP1以降、やたら多かった更新ファイルをまとめたものがダウンロードできるようになっていた(たぶん)。ロールアップというんだそうです。

それは素晴らしい・・と喜んで調べてみると、どうも毎月このロールアップは更新されるようですね。たぶん蓄積されているんで、最新版を入れればそれでほとんどOKなのかな。

ただし解説サイトをザッと見る限りでは、ロールアップを当てる前にKB****を入れるとかなんとか、例によってオマジナイが必要みたいです。ま、そうであっても一歩前進。MSのやることを「素晴らしい!」と賛嘆する日がくるなんて、意外です。

今年の日曜はまだ二分程度の咲きだったけれども、恒例、小金井公園へ。ま、寒くはなかったからヨシとするか。

シートを敷いてぼーっと周囲を眺めているだけで楽しくなります。家族連れが多い。子どもが多い。心の底から嬉しそうに笑っている。あっちでもこっちでもお囃子が鳴っている。小金井囃子と貫井囃子。違うんでしょうけど、素人にはわかりません。チキチキピッヒャラの合間には、遠くの架設舞台でやってるゴスペルかなんかが流れてくる。

hayashi2.jpg女衆がずいぶん時間をかけて混み合う売店から買ってきたのは亀屋のみたらし団子とケーニッヒのソーセージ。特にケーニッヒはなかなかのお値段だったようですが、味はいいです。みんなで少しずつかじりました。缶ビールは350mlが1本。

日差しを受けて顔が少し焼けたような気がする。今年も無事花見ができてよかったよかった。


★★★ 文藝春秋
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高島俊男といえば「お言葉ですが」のシリーズで知られる、非常に達者で明晰で面白くて困った人です。惜しむらく金を稼ぐ才能だけはない。たぶん。

ま、そんな高島センセが「ぼくの好きな文章家・・・」というんだから、読まないわけにはいきません。

10人とは新井白石、本居宣長、森鴎外、内藤湖南、夏目漱石、幸田露伴、津田左右吉、柳田國男、寺田寅彦、斎藤茂吉。いい顔ぶれです。

内藤湖南と津田左右吉に関してはほとんど知識がなかったので、ひたすらヘェー!という内容でした。もちろん新井白石、本居宣長もよくはは知らない。宣長は根幹の一点だけをのぞけばなかなか合理的で話の分かる人だったとか。白石は超天才で超自慢コキだったとか。

さしたるページ数もない新書なので、読み終えるのが惜しかったです。


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