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wiz2018bayjin.jpg飽きると古い古いWiz8を立ち上げて、少しずつやっています。で、例の難所の海の道。計3カ所のポイントでゲットするのは剣を1本、楯を2つでいいかな・・と思ってんいたら、あららら、宝箱から両方でました

Bayjinの小屋です。こんなことがあるんですね。

すごい。お大尽です。
集英社★★★
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この作家は初めて。新聞に連載をしていることは知っていますが、だいたい連載の新聞小説ってのは読んだことがない。毎日少しずつ・・というのが性分にあわないです。

で、将軍で最悪といったら、ま、数人しか候補にあがりません。義満とか義政とかもそうなんでしょうけど、ちょっと認知度がない。やはりふつうは徳川でしょう。犬公方か、でなかったらオットセイ公方。場合によっては家定も入るか。それくらい。


なるほど、なかなか達者な人です。通説をうまくひっくり返している。下馬将軍といわれるほど権勢を振るった酒井忠清をちょっと下げて、そのかわり次の堀田正俊を持ち上げる。ついでに母の桂昌院(お玉の方)を憎めない陽性の女性に設定し、正室の鷹司信子は好奇心あふれる賢い女性。

そして、みんながいちばん興味のある柳沢吉保は、ま、ごく普通の気の利く能吏でした。とくに悪賢くもなく、とくに善良というわけでもなし。ごく善意で発した犬猫保護策が誤解されて騒動になる。心得違いの逆上大名に切腹させたら、なぜか大騒ぎの討ち入り事件になる。なんかうまくいかない。

実際、飢饉やら噴火、地震、大火などなど、次から次へと災難があった。みーんな将軍の責任と言われれば、ま、仕方ないですね。平成の御世だって天皇は引退するし、上に立つ総理に徳がないんで次から次へと台風やら地震やら天変地異。後の世に「悪政もりかけ時代」なんて言われるかもしれません。

そうそう。この小説は中山義秀文学賞をもらったそうです。前にNHKの(ときどき作る)良質ドラマ「眩~北斎の娘~」も、この人のが原作らしいですね。あのドラマは宮﨑あおい、長塚京三、松田龍平、みーんな最高で素晴らしかった。


文藝春秋 ★★
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えーと、まあ、執事の目からみた天皇の日常とでもいうんでしょうか。とくに何かを意図した本でもなく「天皇ってのはこんな日常を送ってるんだよ」「陛下はこんなに考えて配慮して暮らしいるんですよ」という叙述。

坦々と書かれています。天皇という『仕事』、頼まれても承諾しないほうがいいですね。とにかく忙しくて気が張ってしんどい、辛い。

陛下、真面目なお人柄のようです。昭和天皇も生真面目だった気配がありますが、今上も同じ性格らしい。

そうそう。天皇にはやたら仕事があるけど、その中で祭祀絡みが実はかなり多い。なんせ日本の神道の総元締めなんで、たいへんです。もっとサボればいいと思うんですが、気がすまない。

意外だったこと。お手植えの田んぼで稲を育てるのは、明治になってから。民百姓の仕事を知ってもらいたいという趣旨で元勲が薦めた。カイコを飼うのも同様。こっちは昭憲皇太后(明治天皇の奥さん) が始めた。それぞれ時節柄の理由があってのことだったんだから、都合によっては中止してもいいはずなんですが、どうも今上は更に真面目にやって仕事をどんどん増やしているらしい。体に悪いです。

朝日新聞出版★★★
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半藤一利・加藤陽子の「昭和史裁判」を借り出したんだけど、前に読んだものだったことが判明。アホだなあ。ついでですがこの「会えてよかった」もなぜか表紙画像がフォルダーに入っていた。タイムスタンプを見ると去年の初夏ごろに借り出したらしい。読みやすい種類の本なのに、なぜ読了しなかったんだろう。不審。

とにかくボケが始まっていますね。「不審」じゃなくて、そういうものだと思うしかない。

で、読み始めましたが、うん、たぶん未読。「たぶん」といか言えないところが悔しいけど、記憶が明確でないんだから仕方ない。

そうそう。肝心の内容ですが、ま、安野さんが記憶に残る数十人について(おそらく)思いつくまま自由に脈絡なく書き綴ったもの。トシのせいか、記述の自由奔放さは達人の域です。あの足の長かった俳優、名前が出てこないけどえーと・・・・ そう、池辺良。あの人の随筆も晩年はあっちに飛びこっちを語り、もう神の領域でした。

そうそう。面白かったのは高峰秀子について。「高峰秀子には2パターンいて、片方はみんなが憧れる楚々たる美女。もう一人はとにかく口うるさい女」という趣旨で、これは笑ってしまった。確かにねぇ。


角川選書★★
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長男はもちろん昭和天皇で、下は高松宮三笠宮、あとは内親王で清宮(すがのみや)。紀宮(清子)とは違うよ。たしかオスガとかオスタさんとか言われていたような。当時の婦人誌では人気があった。自分が記憶しているのはこのくらいです。

で、昭和天皇のすぐ下の弟が誰だったか。これがいつも迷ってしまう。あれやこれや呻吟して、ようやく最後に出てくるのが秩父宮です。なんせ新聞でもニュース映画でも見たことがない。(昭和28年に没。知らないわけです)

この本、要するにどんな弟宮がいて、天皇との関係がどうだったかを記しているだけ。ま、それだけという感じでした。秩父宮が兄に対して批判的だったらしいことは知っていましたが、実は高松宮もそうだった

図書館でみかける分厚い「高松宮日記」、格調ありそうで、興味を持ちつつも敬遠してきました。たしか細川護貞(細川元首相の父)がこの人の秘書かなんかをつとめていたはずですね。高松宮妃は徳川慶喜の孫娘(喜久子)。そのまた妹(喜佐子)は榊原に嫁いで、後年書いた本では、亭主が高松宮絡みで憲兵に睨まれて云々という記述がある。高松宮一派は和平策謀していると思われていたらしい。

そうそう。明治の頃やたら多かった皇族がバッサリ整理されたのは、大正天皇(というより貞明皇后)がボコボコ男の子を産んだからだそうです。初の一夫一妻制で4人の男宮。こんなにいるんなら、跡継ぎは万全。万一に備えての予備皇族は不要だ・・・ということらしい。当時でさえ皇族が多すぎていろいろ問題だった。中には困った皇族もいるし、弊害が目立ったんでしょう。

だいたい皇族の存在意義は何か。これを真面目に考えると非常に憂鬱なことになる。直系以外の皇族ってのは、要するに「保険」です。ただ起床して飯を喰って元気に過ごして寝るだけでいい。その他に何をする必要もない。「オレもお役にたつぞ」なんてなまじ動くとみんなが迷惑する。なにもしないのがイチバン。

昭和天皇の場合も最初は女の子ばっかり(4人)続いて心配だったけど、その後で男が2人。周囲はホッとしたらしい。ただその後、まさか一族に男が絶えるだろうとは、夢にだに想像できなかった。

実情に合わなくなったのなら、典範を変更すればいいだけなんですけどね。後継ルールが皇祖皇宗のころから不変というわけでもなし。男系がどうとか血筋がどうとか、不思議なことを言い張る連中がいるのが不思議です。

秩父宮は海軍へ行きたかった。でも「順番がある」ってんで陸軍。ちょっと可哀相です。ちなみに海軍へ行かされた高松宮は、実は馬が好きだった。


早川書房 ★★★

道東の旅で読了。なんせ空港でたっぷり時間があったので、ひたすら読んでました。

読み初めてすぐ出てくる「介護人」とか「提供者」という言葉に違和感を持ちます。ん? SF仕立てなのかな。ヘールシャムという施設か学校かが重要な意味を持つらしい。

解説にもありましたが、主人公たちがどういう存在なのか、けっこう早い時点で見当がつきます。でも秘密探しがテーマの小説ではないので、それはどうでもいいようです。作者のカズオ・イシグロでさえ、この本を人に紹介するとき、秘密をバラしてしまってもいっこうに差しつかえないと言明しているようだし。

カズオ・イシグロは他に「日の名残り」しか読んでいませんが、土屋政雄という訳者が丁寧な仕事をしていますね。穏やかな雰囲気の半分以上をつくっている。はい。グロテスクともいえるような題材ですが、とくに事件らしい事件は起きません。些細な出来事の連続である遠い日々。ただしその記憶のミルクの中に、ちょっと消化しきれない粒々のような感覚だけが残ります。どんな粒かは、たぶん人それぞれで違う。

夏休みで今年は道東への旅。珍しく4泊とたっぷりの予定です。

中標津空港に降りて、そこから根室まではバス。その代わり釧路に戻る折り返しをJR花咲線でという予定だったのですが、なんせ北海道なんで、予定通りには運ばない。要するに根室行きバスの運行が遅れ遅れで、このままじゃ間に合わないという計算になった。

仕方なく途中下車して根室から来る電車を待つ。バス道路とJRが交差する厚床という無人駅です。 旅行日程を作成した子供によると、結果的に花咲線で景色がいいとされる部分はすべてカットになったらしい。

はい。ずいぶん待ちました。人っこひとりいない待合室で時間をつぶす。台風21号の前兆か風が強くて、外にはいられないです。さんざん待って、到来のディーゼルはもちろん一両編成です。

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厚床駅のプラットホームにて

で、その日は釧路に一泊。炉ばたという店でホッケやら身欠き鰊やら刺身やら食べました。薄暗い中でお婆さんが黙々と魚を焼いている。これは名人・達人の域とみました。塩は無造作かつ盛大に振ります。新鮮なのか焼き方がいいのか、非常に美味しかった。

翌日はバスで阿寒湖へ。途中のバス停が22線とか30線とか、不思議な名称になる。南から北へだんだん増えて、湖の近くでは40線だったか45線だったか。どういう命名なのか。

湖畔は風が強くて凍えました。観光客がいないためかレストランの類がほぼ壊滅休業状態で、それでもようやく何でもアリの食堂を一軒発見。助かった・・。

阿寒川のほとりで一泊。翌日はいったんバスで釧路に戻り、そこから釧網線でオホーツクへ北上して斜里。この釧網線も一両編成ですが、なぜか非常に混んでいた。最後まで立ち客を解消できなかったし、おまけに強風による倒木とかで途中停止。

「斜里発ウトロへ行きバスは連絡するからご安心」とアナウンスがあったけど、なーんの、まったくウソ。斜里駅を降りたらバスの姿なんてありませんでした。JRと斜里バス、会社が違いますからね。連絡密というわけにもいかないんでしょう。詰問された係員は「知らんがな」という表情だったし。

で、夜。暗くなった知床半島、海岸沿いの道、風がべらぼうに強いです。ビュンビュン飛ばすバスがときどきフワッっと傾く。乗客がおもわず悲鳴をあげる。

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知床半島、カムイワッカの滝

という具合で、まずまずの夏休みだったんですが、最後がまずかった。まず台風。これは危ういところで切り抜けたことが後で判明。我々が通過した翌日に、釧網線が不通になったらしい。助かった。以前の五能線でも同じようなことがあったな。おまけに知床は快晴で、ほとんど夏日です。予想外の暑さ。暑すぎた。

しかしいよいよ帰るという最終日、ついにきました。朝起きてテレビを見ると地震がなんとやらで震度が6強とかなんとか。え? 地震? (後で震度7に訂正)

はい。北海道胆振東部地震です。全道停電()。ラッキーなことに宿泊のホテルは自家発電装置があり、ホテル内にいる限りはまったく不便なし。もちろん外に出ると、信号も民家も道の駅もみーんな消えている。寂しいです。となると問題は空港までのアシですか。ん? そもそも空港は動いているのか。

結論。ウトロ最寄りの女満別空港は閉鎖。千歳以外の空港は順次営業開始している状況なのに、なぜか肝心の女満別だけはまだ動かない。テレビで「非常用電源の燃料がたりないから」と言っていたようです。よりによって。中標津とか他の空港へ行ければ便を探せるかもしれませんが、なんせJRが止まっている。バスも全面運休。処置なし。

というわけで、なんとか安い部屋で延泊をお願いし、翌日はハイヤー飛ばして女満別空港へ。昼過ぎからようやく飛行機が飛びはじめ、それからはキャンセル待ちでひたすら待機、待機(このへんの面倒な作業はみんな子供がやってくれた。エライ! ジジババはもう役立たずになってる)。空港の売店も閉鎖だし、コンビニにも飯粒とかパンの類は売り切れてゼロ。飲み物と菓子だけです。腹が減った。

hokkaido2018c.jpg最悪の場合は網走でホテル探しかな・・とも覚悟しましたが、全日空が遅い時間に臨時便を出すという発表で明るいきざし。雰囲気がガラリと変わりました。結果的には最終便の少し前にキャンセル待ちを呼ばれ、ラッキーなことに、その日のうちに、かろうじて帰宅。

駅を降りてから近くの吉野屋で牛丼買って帰りました。飯粒が美味い。ビールが美味い。まだ避難生活をおくっている方々には申し訳ないし、野放図に喜ぶのもはばかられるんですが、でも正直、無事に帰れてよかった。ささやかながら大変な旅でした。

家に帰ってから、携帯ガスボンベの在庫を確認しました。LEDランタンは確保、電池も大丈夫。水も箱入りで家人が買い込んでいる。電池で動くラジオもある。ガスボンベだけがちょっと気がかりだったもので。

 そうそう。当初はセコーが「2~3時間でメドを出すように指示をいたしました(キリッ)」とか、格好よく言うておりましたな。もちろん実現したのは「メド」だけですけど。

集英社 ★★
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阿刀田さんの書くものは、正直、あまり面白くない。面白くないけど、ときどき借り出してしまう。

今回のこれも旧約をいろいろ説明していて、ま、平凡な内容です。ただところどころに手塚治のマンガが挿入されているのがミソ。これもどうという内容ではないけど、手塚の絵は雰囲気があるんですよね。火の鳥の黎明編あたりの印象です。

ザッと読んでひっかかった点。

旧約の「神殿」の大きさです。単位はキュビト。肘から中指の先までの長さで、だいたい44センチ強。で、たとえばノアの方舟は長さが300キュビトだそうです。換算するとだいたい140メートル。ま、納得かな。

ところが栄華をほこったというソロモンの神殿は長さ60キュビドで幅が20キュビド。だいたい27メートル9メートル弱。神殿なのでそんなものかもしれませんが、作るのに7年もかけた。そして問題は宮殿です。これが長さ100キュビド、幅50キュビド。えーと、45メートルの22メートル。990平米くらいですか。300坪弱。

300坪の建坪って、そう驚くほどではないです。宿屋や個人住宅としてならべらぼうな広さですが、なんせ宮殿です。しかも名にし負うソロモンの宮殿。

このスペースに大広間があり控えの間があり、シバの女王が休憩した部屋があり、もちろん衛兵の控室もあり、台所もあり・・・と考えると、どうみても手狭すぎる。間口12間ということになりますが、ひょっとしたら幕末の越後屋のほうが広いかもしれない()。ちなみに皇居と比較すると、宴会なんかでよくテレビにうつる豊明殿が915平米らしいです

もっと不思議なのは、旧約関係のいろんな解説本、「あんがい狭い!」と書かれたのを目にしたことがない。どれもこれも「さすが豪華な神殿、宮殿」と讃えるだけ。どっかで固定観念に目が曇っているような気がします。

駿河町越後屋は間口35間あったそうです。60m以上。

作品社 ★★★
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図書館で見かけたので借出し。デュマだから面白いとはいえません。けっこうダラダラしたのもある。で、デュマがメアリー・スチュアートをどう思っていたのか、ちょっと興味。少なくとも美人だったらしいですから。

書中でもイングランドのエリザベスとメアリー・スチュアートのさや当てが頻出します。この二人、また従姉妹になるのか大叔母と姪とかになるのか。よく知りませんが、とにかく親戚ですね。

で、たとえばスコットランド大使にエリザベスが何度も確認する。メアリは私より美人なのか。色白なのか。背が高いのか、どうなのか。大使もこうした質問に答えるのは難しいでしょうね。「イングランドでは女王陛下にかなうような美女はおらぬかと存じます

こんな返事じゃエリザベスは不満。ついに「はい。女王陛下より少し背はお高いかと存じます」という返答をひきだしてエリザベスが喜ぶ。「私より高いのなら、それはスタイルがいいとは言えないわね。背が高すぎよ」

めんどうだなあ

デュマに言わせると「エリザベスは女である前に女王であった。メアリは女王である前に女であった」 うん、いかにもデュマが好きそうなセリフです。

で、とにかくエリザベスは大嫌いなメアリを幽閉して、最後は無理やり死刑。生かしておくには怖すぎたんだろうなあ。なんせエリザベスには子供がいないという弱点がある。大嫌いな女に「イングランドの王位を求めるわよ!」なんて言われたら死んでもしにきれない。

ま、結局はメアリの息子がイングランド王になったわけですけど。

そうそう。死刑命令への署名をさんざん迷ったあげく、いざ処刑のあとは「誰が執行したのよ。まだやるとは思っていなかったのに。責任者、出てこい!」とか大騒ぎして責任回避。まるでトランプです。困った女王だなあ。


文藝春秋 ★★★
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昭和天皇実録」というのは、宮内庁が24年かけて編纂、全60巻を平成26年から刊行開始して天皇皇后に奉呈というものらしい。いわば前天皇に関する公式史ですね。

で、半藤一利、御厨貴、磯田道史、保阪正康らが対談鼎談の形で、この出たばかりの「昭和天皇実録」について語る。今回の中身は昭和天皇の幼少期から開戦、終戦のあたりまで。

「実録」だからといって書かれたことをそのまま真っ正直に受け取るわけにはいかない。たぶん嘘は書いてないんだろうけど、問題は「書かれなかったこと」にある。あるいは「妙にページを使って」詳細を語っている部分。意図がある。

推測によると、非常に賢くセンスのいい書き手が、渾身の配慮の記述をしているもよう。嘘は書かない。でも真実も書かない。ただ他の多くの資料を参照し、行間を必死に読んでいくと、真実らしいものの断片が見えてくる。そういう性質のものらしいです。

ザーッと読み流しただけですが、天皇ってストレスの固まりだったんだなあ。母親には期待されず、弟からは突き上げられ、重臣も軍部もちっとも言うことを聞いてくれない

ただし「平和を祈念しながらも抵抗できず流されていって・・」という悲劇の人ともまた違う雰囲気。平和主義の天皇であり、同時に大日本帝国陸海軍の大元帥でもあり、そして皇祖皇宗の末の大神官としての立場もある。ややこしいんです、たぶん。

少なくとも「天皇になりたい・・」とは絶対に思わなくなる。


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