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ふと気がついて新しくついたコメントをチェックすると、例の三菱ディスプレーのリモコンの件でした。このエントリーをアップしたのが2012年ですから、すごいなあ。6年たったてもまだ世の役にたっている。

電池ケースの開け方、別に自分で工夫したわけてもなく、たぶん某掲示板で発見したんだと思います。ガラクタも満載だけど、有用な情報も多い。なんか、最近名称が変わったそうですね。2ちゃんが5ちゃんになった。理由はよく知りません。

この23インチディスプレー(RDT232WX)、実はかなり危うくなっています。コントラストの調整のため、下縁にならんだ楊枝みたいな小さなスイッチをゴソゴソまさぐっていると、ん?、効きが悪い。一方向には進むけど、反対には動かない・・・たとえば暗くはできるけど明るくはできないとか。ヤワな作りのスイッチなんで危惧していはいましたが、もう壊れかかりですね。桑原々々。それ以上触らないようにして、以後は封印です。

これがダメになったら次はどうするか。実は前にいろいろ調べて、23.8インチがいいという結論になっています。これだとドットピッチが0.275mm程度。現状の23インチでは0.265mmなんで、文字サイズが少し大きくなるわけです。歳をとると、大きい方がありがたい。

rdt232-201312.jpg安く買うならIIYAMAかな。Dellも評判いいようです。ほんとうはFlexScanなんですが、このところ円安だからなあ。下がらない。今年の1月時点でそれぞれ2万1000円、2万2000円、3万6000円程度。かなり価格差があります。

理由は不明ですが、なんかこのところ株が急騰しているらしい。日経が2万4000円とか。それはいいんですが、なぜか円が安いままなんで困る。今日あたりで110円台ですか。もう少し高くなってくれないかなあ。もちろん自分勝手な都合です。みーんな自分の都合。

文藝春秋 ★★
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大昔の「生物と無生物のあいだ」の続編のような形です。ただしあまり力は入っていなくて、サラサラと軽く書いたもの。どこかに連載していたのかな。

ま、要するにもう一度ニューヨークにいく。今度は経済的な余裕もあるし、行ってきてもいいよと正式に大学が派遣してくれた大名旅行の留学です。で、昔と同じロックフェラー大学の研究室。

えーと、何が書かれていたっけ・・・と考えてみたけどあまり思い出せません。ニューヨークの景色と日常をさーっと描いたスケッチですね。昆虫採集の話もあったかな。虫網もって、虫の少ない公園をうろうろしていると怖そうなオバサンに叱られる。まあ、可哀相なチョウチョを捕まえようというのね、警察に通報しなくっちゃ。

そうそう。フェルメールのお話もありました。福岡さん、かなり入れ込んでるんですね。


光文社 ★★
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しばらく放置していた「神様からひと言」も、だらだらページをめくっているうちに読了。

かなり初期の本なのかな。ちょっと短気な青年が「お客様相談室」に配属される話です。名称は立派だけど、ま、要するにクレーム処理係。「いやなら辞表を出せ」という部署です。ここに詰めていると胃が痛くなり、そのうち心が折れる。

この作者、かなりサラリーマン経験があるようです。いかにも「いるいる」という課長だったり、係長だったり、若社長だったり。完全な悪人はいないけど、根性の悪い奴はいる。もっと多いのはいいかげんな奴、卑怯な奴。もちろん本当に信頼できる奴なんていない。

そうした吹き溜まりの相談室で我慢の日々。ちょっと救いがないんですが、ちゃーんと最後はカタルシス。印籠もった黄門様が登場します。やれやれ。


富山県の川では神通川とか黒部川が有名と思いますが、もちろん他にもいろいろあって中西部なら庄川が大きい。上流のほうに庄川峡などという地名もあるので、峡谷になっているんでしょうか。合掌造りの五箇山なんかも多分そのあたり(南砺市)です。で、そこまで行かず、新幹線の新高岡駅からクルマで30分ほどの中流が砺波市。この砺波市の庄川温泉に泊まってきました。一泊です。

きっと雪がたっぷり積もっていると期待していたんですけどね。この点では失敗。しかし食べ物はやはりおいしかったです。特にブリ。ブリというと、どうしても多少の生臭さがあって、あんまり好きではなかったのですが、さすがに冬の富山のブリは違った。まったく(まったく、です)生臭さがない。かなり驚きました。

まっすぐ帰ってもつまらないので、帰路は富山駅の付近でお土産買ったり昼食たべたり。そうそう、定番の鱒寿司はもちろん買いました。知らなかったのですが、鱒寿司を製造している店は実はたくさんある。駅弁で有名なのが。で、この「源」が「ますのすし」を全国区にした功労者。鱒の上半身を墨絵ふうに描いたパッケージです。

toyama201801.jpgしかし富山駅の地下街では「富乃恵」という名称のコーナーで鱒寿司を売っていました。当然、ひとつの店かと思ったら、10くらいの銘柄が並んでいて、それぞれの特徴がグラフにしてあったり。みんなで協力して販売しましょうというコンセプトなんでしょうね。

で、その売り場の反対側にも他の店舗(たぶん組合非加盟)があったり、駅ホームに上がると駅弁「源」の売店があったり。ひとつ利口になりました。地元民の感覚としては「源」は駅弁の会社、他の銘柄は鱒寿司の店、という感じらしい。どっちがどうということではなく、そもそもが違う。ふーん、です。

せっかくなのでこの地下街(とやマルシェ)の回転寿司で昼食。おいしかったです。ブリは良かったし、白海老もうまい。3人でしっかり食べて6000円弱。思ったより安くあがりました。

連休を利用して富山へ行ってきました。といっても観光ではなく、ただ単に寒い場所へ雪を見に行っただけ。新高岡から南にいった庄川温泉というところです。

ただあいにく雪はなかった。残念。ところどこに消え残っているだけ。土地の人によると「今夜あたりからは雪になるかも」という。タイミングが数日ずれた。はい。東京へ戻ったらこっちはしっかり雨でした。どうしても雪を見たければ上越線の六日町とか飯山線の津南とかまで遠征しないといけないですね。

泊まった翌日、新幹線の新高岡と旧駅・高岡の中間にある瑞龍寺というお寺へ。国宝です。加賀藩二代前田利長の菩提寺で、若くして隠居した利長の跡をついだ弟の利常が建立した。加賀百二十万石の総力をかたむけたという話です。
toyama201802.jpgのサムネール画像
あとで調べてみたら、利常が育てられたのが越中守山城。つまり富山県高岡だったようです。また隠居後の利長が暮らしたのも高岡。

そもそもどうして利常が越中なんぞにやられたのかというと、身分低い侍女に利家が手をつけてしまって、ひょいと生まれた子供だから。手元で育てるにはちょっと遠慮があったんでしょうね。

タクシーの運ちゃんが「入ったら必ずボランティアの人の話を聞け。ただ見てまわったって、なーんにも分からない。なんならオレが案内してあげよう」と親切の申し出。子供のころはこの寺で遊んでいたという。ありがたく辞退しました。あんまりしっかり話を聞かされても困る。

本堂の床が冷えに冷えて、痛いようでした。



双葉社 ★★★
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荻原浩はたいてい面白く読めるので、安心してとりかかり。うん、想定通りです。

えーと、設定はかなり陳腐です。平成の御世のグータラ青年(趣味はサーフィン)がなぜか時空を越え、太平洋戦争末期、海軍航空隊の練習生と入れ替わってしまう

海軍航空隊ったって、予科練の地上教習を終えたばかりの若者です。身分としては下士官のすぐ下に位置する練習生なんだけど操縦はまったく下手。叩き上げの下士官たちからは(すぐ自分たちを追い越すため)目の敵で毎晩々々制裁をくらっている。えーと、正式には「海軍精神注入棒」だったかな。通称バッター。

という設定はともかく、この平成の世に筋金入りの軍国少年がどう生きたらいいのか。はたして「便利で平和で幸せだなあ・・」と感じてくれるのか。あるいは無気力に暮らしていた平成の青年は昭和19年、戦争末期の航空隊の過酷な内務班(海軍だから教班かな)でどうやっていけるのか。ちなみに飛ばせる飛行機もなくなって、彼らは回天要員となります。特攻魚雷ですね。

こんなふうなストーリーになるんだろうな・・という想像を裏切らない展開ですが、それにしては意外に良い。面白い本でした。あっ、終盤はまるで浅田次郎みたいに泣かせが入ります。荻原浩も悪達者になった。


押し迫った30日、年賀状を印刷しようとプリンタを引っ張りだしたら、なんかうまく稼働しない。まず「青色インクが脂肪志望死亡寸前!」とメッセージが出る。これは想定内なので、気にしないで印刷強行させると全面が黄色です。うーん、やはり色が揃っていないとだめなのかな。仕方なく駅前までいって購入した青色カートリッジを入れると、今度はなんか全体に青っぽい。

純正ではない互換カートリッジだからかな。何枚か刷れば正常に戻るだろうと思ってたんですが、いっこうに回復しない。十数枚、青ざめたような色調で刷ってしまった。焦っていろいろ調整やったんだけど、なんともならない。(子供もいろいろ手伝ってくれたけど、やはりダメだったらしい。他の色がうまく出ていない雰囲気)

ip2700.jpg諦めるか。スパッと諦め。また駅まで走って安物のインクジェットプリンタを買ってきました。キャノンのip2700。5000円。5000円だもんね・・・。もちろんこれで問題なく印刷終了です。

前のプリンタ(ip4700)、いつ買ったものかと調べたら、2009年でした。そうか、つい数年前のような気がしていましたが、8年も使ったのか。こっちも安物だったし、さすがに壊れても仕方ないですね。 納得でした。

で用済みプリンタは簡単に「燃えないゴミ」用の袋に入れてゴミ出し。なんでプリンタが「粗大ゴミ」でも「家電ゴミ」でもなく単なる「燃えないゴミ」扱いなのか不審ですが、長さ40cm以下のプリンタなら出してもいいと分別表に明記してある。大歓迎ではあるものの、どういう根拠なんだろ。よくわかりません。

年齢は大台に乗りました。歳くったともいえるし、まだまだともいえる。ずーっと、この歳までは生きていようと(勝手に)考えていたので、まずは一段落ですか。あとは余生です。オマケ。


半世紀にわたる相棒との別れ

ほぼ半世紀の悪癖とお別れしました。世の中の状況がどんどんアゲンストになって、喫煙者が生きにくくなった。知らない場所へいくと真っ先に「灰皿はどこか」「喫煙場所はあるか」と無意識に考えているのがイヤになった。いじましい。

で、やめたわけです。効用としては鼻が通るようになった。せっせとティッシュを消費しなくなった。たぶん肺の汚れもそろそろ限界状況だったんだろうし、肺気腫ギリギリで踏みとどまったという感じかな。
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その代わり、非常に寂しい。ながーい友達を無くしたような物足りなさ。ゆっくりコーヒー啜りながらの一服。もう二度と味わえない。悲しい。このところ腹が出てきたのも、ひょっとしたら禁煙の副作用かもしれないです。



只見線から裏磐梯

子供の頃から「只見」というと、雪深い山奥という印象でした。あっ、ご存じない方に説明すると、新潟県と福島県南西の境あたり。新潟県側は六日町とかの豪雪地帯ですが、接する福島県側ももちろん超豪雪で山また山。巨大な銀山湖(正式には奥只見ダム湖かな)という人工湖がありますね。阿賀野川水系は水量がべらぼうに多いし、人跡まれな山奥なので水力発電にぴったり。

ま、そんな場所。新潟県側の小出から会津まで只見線に乗ってみようかと思ったわけです。ただし残念なことに、只見線はずいぶん前に大雨で線路が切れていて、そのまま修復されていない。採算があわないんでしょうね。切れた部分はバスでつないでいます。
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時間つふしで降りた上越線の塩沢では鈴木牧之記念館が意外に良かった。また六日町で泊まった「龍言」も近隣の豪商・豪農の古屋を移築したという味のある宿でした。将棋や碁のタイトル戦開催の舞台としても有名な宿ですね。

裏磐梯高原ホテル→




シャプトン 刃の黒幕という砥石です
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子供が小さい頃は家の中でノコギリ使ったりカンナをかけたり、ま、けっこうマメなほうでした。それがパソコンに出会ってからすっかりご無沙汰になった(と家内の談)。包丁なんかも、とんと研いだことがない。

砥石がダメになっていたのも理由です。下手がいいかげんに刃を当てるから中くぼみになって、砥石が役にたたない。石とかコンクリートの上でゴシゴシやれば平らになるはずですが、集合住宅住まいでは石もコンクリもない。場所もない。

というわけで放置していましたが、ネットで「シャプトン 刃の黒幕」という奇妙なネーミングの合成砥を知り、けっこう評判いいことを知りました。番手1000あたりならちょっと荒めの中砥のようで、かなり万能らしい。3000円弱。決心して購入。

なるほど。やってみるとかなり刃がつきやすいです。なまっていた2本を研いで、よしよしといい気分。ただしそれ以来、まだ一度も研いでいません。家内に言われる前にまた研がないといけないんですが・・。


一生分の旧式レフ電球

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東京都のLED電球交換イベントにのって、ピコ太郎看板の電気店でLED電球を入手。これをトイレの天井にさしこんだら、あららら、つかない

。ロート形状にくぼんだ奥のソケットに差し込む形で、ダウンライトというらしいです。本来は指向性のある小型のレフ電球を使うものなんですが、LED電球だって理屈としては問題なく点灯するはずです。でもなぜか光らない。

結局、ソケットの底のバネがかなり劣化しるのが理由と判明しました。電球の尻尾についている突起が、バネに微妙に届かなくなっている(だから家内が差し込むと点灯したりもする)。仕方なく、本来のレフ電球(少しサイズは小さい) に戻しました。こっちは点灯の確率が高い。

廊下に並んでいる天井灯も同じ形状のダウンライトです。これも当然のことながら劣化しているだろうな。ということは専用のレフ電球でないと合わない可能性がある(事実、レフ専用60Wまで、と記してある)。

なんかややこしいですが、こうした複雑な経緯で大量の旧式電球(レフ形)を買うことになりました。計5コを買い置きです。ついでにやはり旧式のフロスト球(昔ふうの普通電球です)も買いました。時代に逆行しているけど仕方ない。これで一生もつでしょう、きっと。


武蔵野中央図書館


近くの図書館がエアコン工事とかなんかで年明けまで休館。エアコン工事でなぜ休館になるのかは判然としませんが、ま、文句いっても仕方ないです。

で、調べてみたら近隣の市の図書館を利用できることがわかった。協力しあっているんですね。えらい。なかでは武蔵野市の中央図書館が蔵書数もたっぷりありそうなので、ここを利用することにしました。三鷹駅でおりて15分ほど歩く。吉祥寺からでも同じくらいの距離です。利用カードを作ってもらって、便利に利用させてもらっています。
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いいなあ・・というのが実感。フロアが広い。ゆったりしていて蔵書が多い。休憩用の椅子も多い。返却も貸し出しも自動式。図書館って、こうあるべきだよなあ。近くの地元図書館の職員が可哀相になります

狭いオンボロ図書館、建てかえる話もきかない。スペースがないんで、本はどんどん閉架(要するに倉庫)にしまいこまれている。スタッフの仕事時間の半分はカウンターと閉架倉庫との往復に費やされている。ひどい話だ。市長が悪い。市議会が悪い。



オジサン柄カレンダーと紅毛人盃


前回は失敗したので、2018年版のカレンダーは迷わず定番の「オジサン柄デスクカレンダー」を頼みました。1500円弱と安くはないものの、毎日使うものだし。ちなみに「オジサン柄」というのは冗談ではなく、レッキとした商品名です。ミドリという会社が販売している。他にも「カントリータイム 花柄」というのもあります。これ、昔は確か「オンナノコ柄」じゃなかったかな。

shingama.jpgそうそう。前から欲しかった盃も買いました。アマゾンではなく有田の窯元がやっているオンラインストアで、ここは1万円以上買うと送料無料。1万円?ですが、なんせ値のはる代物ですからちょっと頼むとすぐ1万円にはなる。盃は一口1000円程度と力不足なものの、今回は蕎麦猪口もいくつか頼んだので合計額にまったく問題なし。

この盃、しん窯という会社(窯)の紅毛人柄というものです。たぶん長崎のオランダ船がテーマなんでしょうね。紅毛人がステッキ握ったり散歩したりの絵柄が面白い。白と青のシンプルかつ味のある磁器です。

日本酒に燗つけてのむオヤヂなんて希少なので、最近はいい盃をみかけることが少なくなりました。このしん窯の盃、小振りで厭味がなく、好きなタイプです。(やたらはびこる厚手の民芸ふうには辟易)

そうそう。注文品が届いて中をあけたら、店主(たぶん)直筆の手紙が入っていました。ていねいなことです。いまどき珍しい。




ザッと検索をかけてみたら、今年は★★★★が4冊もあった。これだけでは少ないので、★★★の中からも一冊抜き出し。今年は記事数41。もちろん他にも読んではいますが、メガネが合わなくなったせいか読書時間が激減した印象です。


父を見送る」 龍應台
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著者は台湾のベストセラー作家らしく、台北市の文化局長なんかにもなっている様子。年齢は違うものの日本だったら曽野綾子みたいな立ち位置かな。

エッセー集です。テーマに共通しているのは「別れ」でしょうか。息子の親離れ、母の老い、父との死別。センチメンタルになりそうな話題ではあるものの、割合サラリとしている。ユーモアもある。ベタベタしていない。しかし情感がある。

父は国共内戦で台湾へ逃げてきて、この地で苦労して暮らしをたてる。子供たちに教育を与え、育った子供たちは医師になり、商人になり、作家になる。すっかり台湾に根をおろしたように見える一家だけど、でも父の心のルーツはまだ本土にあるんですね。故郷につながっている。死後は本土の郷里に戻してもらって田舎の親族たちに回向してもらう。

舞台は台湾だけでなく香港だったりドイツだったり。オシャレだった母もだんだん衰えていく。いつのまにか自分は母をいたわる立場になっている。それどころか、がんぜない子供たちは気がつくと自分の背丈を越え、もう大人。逆に保護される立場になっていることに気付く。

日本人だろうが、台湾人だろうが、ドイツ人だろうが、みーんな同じ。ごく普遍的な一人の女性の身辺雑記です。ごく平凡な気持ちのゆらぎや感動をメモしただけのエッセー。でも、非常にさわやか。読後感のいい本でした。


昭和史裁判」 半藤一利 加藤陽子   
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太平洋戦争の真の責任者は誰だったのだろうというテーマで、半藤ジイさんと歴史学者のオバはん(言い過ぎかな。けっこう若い)が適当に座談。槍玉に上がったのは広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一の4人とオマケで天皇。あっ、軍人はいれません。いれたら収拾がつかなくなる。

これが意外や意外で面白い本でした。記憶だけですが、まず広田弘毅は役立たずの印象。城山三郎が小説でちょっと贔屓しすぎた。近衛文麿は定説通りで非常に困った人。松岡洋右は性格悪いので嫌われるけど、それほど責任はない。木戸幸一はヌエみたいで正体不明。ひょっとしたらいちばんの元凶だったかもしれない。

ま、そんなことより、軍人も政治家も役人(とくに外務省)も、みーんな勝手なことを考えてつっ走った。臆病だったり強欲だったり。その結果が12月8日。もちろん新聞も非常に責任があります。無思慮に騒いだ国民庶民も「騙された」なんて口をぬぐうわけにはいかない。

みーんなアホだった。根性がなかった。悪かった。よくあるSFですが、過去に旅行して誰かを消せば歴史が変わるなんていう単純なものじゃないです。しかし、加藤センセに言わせると決定的な場面は3回くらいあった。(非常に困難ですが)そこで違う判断をしていれば、ひょっとしたら歴史は別の局面をたどったかもしれない。

加藤陽子という人、明快でわかりやすくていいですね。収穫です。


それでも日本人は「戦争」を選んだ  加藤陽子

soredemosenso.jpgその加藤陽子の本ということで借出し。今度は中高一貫校の歴史クラブの生徒相手にお話するという趣向です。生徒といっても栄光学園ですけどね。優秀。

やさしい筆致(というか語り)ですが、内容は非常に面白かった。知らんかったことが多いです。
たとえば。

・太平洋戦争が始まる直前の段階。日独の戦力は英米をはるかに凌駕していた。要するに強かった。だから「緒戦は勝てる」という考えには一定の合理性がある。

・パールハーバーの米艦隊が安心していたには理由があり、水深の浅い湾で魚雷を落としても底につきささってしまう。つまり無理。その無理を無理でなくしたのは、月々火水木金々の猛訓練。

・仏印を多少侵攻しても米国が参戦しないだろうという楽観論にも、実はかなりの根拠があった。

リットン調査団の時点では、実はまだ妥協解決の道があった

・日本軍には(資材でも食料でも人材でも)補給という思想がなかった。

・マリアナ、パラオあたり、つまり1944年6月あたりでもう挽回不可能、敗北確定。以後はすべて悪あがきで無意味に国民を殺した。戦争死傷者の大部分は戦争の終盤(悪あがきの期間)に集中している。

・皇道派とは「社会主義革命を目指した隊付将校」のこと。なぜ若い軍人が社会主義を目指したかというと、農民を代弁する政治家も政党もなかったから。そして非皇道派の軍人をなんとなく「統制派」と称した


中国の大盗賊・完全版」 高島俊男
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前々から読みたいと思っていた本です。図書館では発見できず、しかたなく(珍しく)アマゾンで買いました。

著者の高島さんの定義では「盗賊」とは集団で、武力をもって地域を荒らしまわったり占拠した連中です。クロサワの「七人の侍」に出てくる、馬で走り回っている山賊連中を想像するとだいたい正しい。中国の歴史をながめると、どこにでもいたし、いつでもいた。一定の条件下にある農耕社会ならこうしたあぶれ者、ごろつき。どこにでもいます。

(交通網がボロボロ、官憲の力が脆弱で、食い物を容易に奪える農耕社会でないと「盗賊」は無理です。たとえばアフリカのどこかとかフィリピンの山の中とか。いまの日本では絶対に盗賊団は成立したない)

ということで盗賊の代表として漢の劉邦、明の朱元璋、明末の李自成、太平天国の洪秀全。そして最新は中共の毛沢東ですね。毛沢東を「大盗賊」にしてしまったのがこの本のすごいところ。井岡山に潜伏し、延安まで逃避行、そこから反攻して首都奪還。たしかに大盗賊です。そして見事に毛王朝を樹立してしまった。あいにく跡継ぎの皇太子がいなかったんで、王朝としては不完全。鄧小平が実質的に別王朝を立ててしまった)

中国共産党とか毛沢東理論をマククス主義で理解しようとするとべらぼうに難しい。無理が多すぎるわけです。しかし毛沢東にとって「マルクス主義」は洪秀全のキリスト教と同様、たんなる景気づけのスローガンです。難しく考えずシンプルに「大盗賊が王朝を簒奪した」と解すると非常に明快。これがそもそも「革命」ですわな。

この本の元本(「中国の大盗賊」毛沢東の部分ナシ)が出版されたのがたぶん1989年。天安門事件の年です。この頃だとまだ毛沢東を批判するのは遠慮があったんでしょうね。そうした遠慮がなくなって、割愛部分を追加して2004年に刊行したのが「中国の大盗賊・完全版」です。


クロサワの盗賊は馬に乗って身軽に駆け回っていますが、中国の盗賊団の場合、女や子供、雑役夫などなど引き連れてゾロゾロ移動していた。たとえば3万人の盗賊団という場合、実際の戦闘員はだいたい3000人くらい。あとはみーんな「その他」だったらしい。


紅楼夢」 曹雪芹
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なにを思ったか、とりついてみた。

結論としては、かなり読めます。6巻まで読了。すごーく面白いとまでは言いませんが、けっこう楽しめる。曹雪芹という人、なかなかの書き手とわかります。ユーモア感覚もけっこうある。

しかし全12巻の半分までたどりついて、さすがにエネルギーが途絶えました。しかし最後のほうの巻は曹雪芹じゃないという説もあるし、ま、6巻読んだらヨシとするか。

元気がでたらまた読んでみてもいいな・・・とぼんやりは考えています。でも実際には無理だろうなあ。

注) 第44回、派手な立ち回りの場面。あんまり面白かったので絵にしました。下手ですけど。


高島俊男さんの「中国の大盗賊・完全版」で面白かったこと。

中国語の「文」とは、「飾り」「ひらひら」のことだそうです。要するになくても困らないもの。困るのは「質」です。こっちは肝心の中身。質実剛健とかいいますね。このへんの違いは論語に書かれているんだそうですね。

子曰 質勝文則野 文勝質則史 文質彬彬 然後君子

質が文に勝ってしまうと「野」になる。野暮。といって反対に文が質に勝つと「史」になる。表面だけの人間みたいな意味ですかね。文人、史生。両方がバランスよく備わってようやく「君子」になれる。

で、孔子は「両方のバランスが必要だよ」と言ってるわけですが、実際の儒家というのは、ひたすらこの「文」で商売している。正直、どうでもいい「飾り」で食べている。単に男と女がくっついたり、人が死んだという「質」をぴらぴらで飾って厳粛な結婚とかしめやかな葬式にする。果てし無く重視しては重んじる。

で、こうした「文」の比重がどんどん増えることを「文化」という。文化人とか文化国家とか、そもそもはそういう意味がある。非常に納得しました。

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