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★★★ 講談社
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フランス革命を描くとき、どうしてもパリが中心になります。しかし実際には、フランスはパリだけでなく、地方都市もあるし田舎もある。ということでロワール川下流の都市ナントで暮らす貴族やブルジョワ、庶民はどう受け止めたのか。激動をどう生き延びたか。

ま、そういう設定で、しっかり調べ上げた小説です。しかし皆川博子ですから中身はドロドロ、ネチネチした濃厚な文体とストーリーで話は進みます。上巻の舞台はナント、下巻は主としてロンドンかな。

ちなみに「クロコダイル」はワニ。なんというかメタファーとして登場するワニ(実態があるものも、ないもの)はやたら出てくるんだけど、それがいまいち明確ではない。おまけに成功しているような気もしない。訳のわからないワニなんて存在しなくてもいいのに、著者はえらくワニにこだわっている。

そうそう。たぶんロベスピエールの仲間だったらしいジャン=バティスト・カリエという人物、初めて知りました。パリからナントに派遣されて革命委員会を組織、強大な権力を持っていたらしい。不満分子を片っ端から逮捕してさっさと処刑する。とくにナントの周辺は王党派が軍団を組織して激しい戦闘になり(ヴァンデの乱=これも初耳)、大量の捕虜の始末に困ってボロ船に乗せてロワール川に沈めるという案をひねりだしたのがジャン・カリエ。

収容する牢獄もないし、ギロチンはけっこう手間がかかるし、銃殺は弾丸がもったいない。川に沈めるのがいちばん手っとり早い。最初のうちは隠匿していたけど、最後の方はおおっぴらだったらしい。数千人を沈めた。さすがに後日、問題になったようです。「共和国の結婚」とも称され、男女を裸にむいて抱き合わせて縛って放り込んだという説もありますが、さすがにこの真偽は怪しい。

ついでですが、悪名高い秘密警察のジョセフ・フーシェもやはりナントの出身です。フーシェって、高校生のころにたしかツヴァイクの伝記もので読んで、しっかり記憶に残りました。革命期の怪物ですね。激動の時代の生き残りの達人。ナントって、けっこう有名人を生んでいる。だいぶ前に家内といっしょにロワール地方の城を巡ったことはあったけど、せいぜいトゥールまで。ナントまでは行けなかった。

で、上下巻を読み終えての実感。本筋とは無関係ですが、この時代のフランスや英国に生きた貧民でなくてよかった。ほんと、貧しそう。飢えていそう。痛そう。寒そう。凍えそう。比較的最近、18世紀から19世紀の英仏なんですけどね。アジアやアフリカはもっと大変だったんだろうし。人類の歴史、庶民が生きることは常に厳しかった。


★★★ 早川書房
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レン・デイトン、もちろん名前は知っているし読んだこともあるはず。しかし何を読んだか・・というと確かには思い出せない。要するに、すごく感動したことがないのかな。

この「SS-GB」は、歴史IFものの警察小説です。ドイツ占領下のロンドン、ヤードのアーチャーと呼ばれる警視が殺人事件の解決に活躍。実際、もしヒトラーがソ連にちょっかいかけず、真面目に英国攻撃を続けていたら早期に勝利していたかもしれない。ま、けっこう可能性はあったでしょうね。

で、その場合、ドイツは英国に駐留し、国防軍や親衛隊が統治。ソ連とは独ソ条約の友好関係を保ち、米国とは緊張感をもちながらも敵対はしない。英国王はロンドン塔に幽閉されている。娘のエリザベスなんかは海外に亡命している。

読み始めの最初の頃は英国駐在のSS(親衛隊)幹部とスコットランドヤードの関係がよくわかりませんでしたが、そうか、要するに日本だったら警視庁の警視と進駐軍の関係なんだ。表面上は協力しあっているようでも、もちろん実権は進駐軍にあり、絶対に反抗は許されない。周囲からは進駐軍におべっか使っている・・と非難されながら、それでも警察は警察。公務員としての仕事を果たさなければならない。

そして進駐軍の士官たちは貴重な陶磁器や家具、美術品を買いあさり、ブローカーや闇商人が暗躍する。どんどんベルリンへ運び出す。成り金も登場します。町並みはまだ空襲に破壊されたまま。市民はそうした景色や収容所へ連行される人たちの悲惨を見ないようにして暮らしている。つまり「目を半分つむって」生活している。

で、この小説を理解するカギになるのはドイツ国防軍と親衛隊の敵対関係ですね。お互い蛇蝎のように嫌いあっている。幽閉された国王の身柄は親衛隊が管轄しているんだけど、国防軍としてはそれが非常に面白くない。戦争とは国家と国家の衝突。衝突の主力はそれぞれの国軍である。勝ったほうの国軍が敗戦国の元首を管理管轄するのは当然だろうという感覚。それなのに何で怪しげなSSがのさばっているんだ。SSなんて、要するにヒトラーの私兵じゃないか。メンツがつぶれる。

そうそう、小説に登場する主要なSS幹部は二人。一人は連隊指揮官、もう一人は師団指揮官。これが正式名称らしいですが、一般的にいうと大佐と将軍に相当するようです。将軍は少将か中将か、ちょっとわかりませんでした。

ちなみに関係ないけど、沙漠の狐ロンメルは国防軍の将軍です。だから今でも人気がある。


長引いたけど、ようやく風邪が抜けた気配。なんだ神田でやはり2週間くらいはかかった。

昨日あたりから冷え込んで11月には珍しい雪でしたが、風邪にはさして影響なし。湿気が多くてかえっていいくらいで、夜中に目覚めて咳をすることがなくなった。風邪ってのは要するにノドの奥に細菌が住み着くんですね。それが実感できた2週間でした。

やれやれ。

★★★ 早川書房
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ル・グィンは大好きな作家の一人です。大昔に読んだ短編集「風の十二方位」は良かったなあ。もちろん長編もいいです。西海岸あたりの未来を舞台にした「オールウェイズ・カミングホーム」以外は()みんな好きです。ゲド戦記ものもいいし、ハイニッシュとかいう一連のシリーズもいい。男になるか女になるか未定の両性人の「闇の左手」とか。

で、「世界の誕生日」は短編集です。収められたほとんどがハイニッシュもの。かつて栄えた人類が宇宙に散らばって、そこで独自の文明を築き上げる。成功した世界もあるし、原始的な段階に止まった惑星もある。

表題の「世界の誕生日」は、インカとか古代エジプトあたりをモデルにした神権政治の国のお話で、ちょっと長めの中編。皇帝(神)の娘と息子が結婚して次の神になる。そこへやはりエクーメンふうの使節が宇宙船で来るんですが、しかしこの連中は何もできない。そういう意味ではハイニッシュシリーズとは違うのかな。何もしないけど、宇宙船の来訪をきっかけに神の帝国は崩壊してしまう。

「世界の誕生日」というのは、皇帝(つまり神)が毎年決まった日に踊ることで、太陽の運行が定まる。つまり世界を毎年々々誕生させる。そういう意味。どうもかなり暑い世界のようです。宇宙船で来た連中はみんな皮膚ガンになってしまう。

「オールウェイズ・カミングホーム」はフェミニズムというか、要するに女臭さが強すぎたんでしょうね。アーシュラおばさん、女同士の関係を描くとベッタリ濃密すぎてどうも辟易します。
 

soremoikkyoku.jpg★★ 水曜社

副題は「弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ」。

有名な囲碁木谷道場のお話です。列伝ふうに十数人の棋士たちをとりあげ、そうした弟子たちの証言で構成した本。プロ棋士だけでなくアマチュアとか出入りの床屋さんなんかの証言もあります。

悪くはないし、それなりに面白いのですが、うーん、ちょっと新鮮味がない。というか、雰囲気、情緒がなんか物足りない。期待をもちすぎだったかな。


ところで木谷道場と加藤正夫のことを書いた本、精霊の宿とかなんとかいうものだったと思うんだけど、正しい書名が思い出せない。なかなか読ませる好著だったんだけどなあ。うーん、歯がゆい。

・・・「精魂の譜」だった。 かなり違ってた。副題が「棋士加藤正夫と同時代の人々」。いい本でした。


あいにくここ数日が風邪気味で、鼻が出る、咳が出る。按配わるいなあ。こんなんで胃カメラ入れたら悲惨かもしれない。前から予約を入れてあるんで仕方ない。

病院が混んでいて、着替えてから30分以上も声がかからない。最初は身長体重あたりが多いはずなんですが、いきなり心電図でした。ま、いろいろ事情があるんでしょう。

で、いろいろやって最後が上部内視鏡。いわゆる胃カメラです。一昨年は麻酔(正確には鎮静剤かな)が効きすぎて、なんかの数値が低下してアラームが鳴ったらしい。それで去年は減らしてもらったはずだけど、やはりずっしり効く。どっちも完全に意識はありませんでした。気がついたら簡易ベッドで寝ていた。たぶん抱えられて歩いたと思うんですが、記憶ゼロ。

だから麻酔の量のことは事前に念を押しておこうと思っていましたが、説明スタッフから先に「去年はイビキをかいたんですよ」と言われてしまった。「どうします? 今回はナシでいきますか」

数十年前、はじめて胃カメラ呑んだときは大学病院の教授が引退して開いたという小さなクリニックでした。爺ちゃん先生、ふだんはヨボヨボしてるんですが、大きな内視鏡を握ったときから腰がシャンとして、なんか表情もいきいきしている。久しぶりに槍をもった老将みたいで、噂によると内視鏡治療の黎明期からかかわっていた人らしい。この頃は内視鏡の径もけっこう太かったです。思いっきりゲーゲー悶えました。「あんた、けっこう反射がきついね」とか平然とのたまう。あはは。

ま、ともかく。ということで今回は喉頭麻酔だけで突っ込まれた。入るときはやはりゲーッと反射しますね。全身に力が入るのをなんとか我慢して、早く終わらないかなあと願うだけ。看護婦さんがけっこう甲斐甲斐しく背中をさすってくれたりする。顔は見ませんでしたが、イメージの中では優しそうな美人看護婦になってました。あ、いまは「看護師」か。どうも馴染めない。いまだに「看護婦」「スッチー」、看護師とかアテンダントとか言われてもねぇー

途中で、昔の潰瘍の痕が増えているようなので生検をとりますと医師が言う。はい。麻酔を使わないと会話もできる。画面を見てると胃壁をプチッとやって、赤い血がチッと散ります。自分の胃を見るのはこれで生涯2回目。

ダメと言われてたけど、夜は少し晩酌しました。数ミリの小さなキズなんて、すぐふさがってるさ。やれやれ。結果の出るのは2~3週間後の予定。来月はそれ持参してかかりつけの医院へ行かなければいけない。数値をながめながらまたグチグチ言われるんだろうな。嫌なら行かなければいいんだけど。

さて、今日は体調も万全。たまには晩酌を過ごすか。

賢くなったという記事を目にしました。

ふーん、本当かな。と試してみました。なるほど。確かに前よりは良くなったようです。なんというか、一応は日本語の文章ふうになっている感じ。それだけでも画期的ですね。

少なくとも今まで使っていたYahooの翻訳(ひどかった)よりは使いやすそうなのでこれを消して新しくGoogle翻訳をブックマークに登録。機械学習のようなシステムを使ってるらしいです。うまくするとどんどん賢くなるかな。けっこう期待。

★★★ 文藝春秋
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戦前の東京郊外の中産階級が暮らす赤い屋根の小さな洋館。戦争のことなんて気にもせず日々の生活にいそしんでいます。奥様と女中はたまに銀座に出かけては洋菓子を食べ、洒落たお土産を買って帰る。懐かしき日々。

先に映画を(もちろんテレビで再放送)見てしまったので、なんというか、人物がみんな松たか子やら黒木華になってしまう。あ、青年デザイナーの役だけは吉岡秀隆じゃなくて、誰か別のイメージ。あのドラマ、吉岡クンだけは場違いだった。

映画もよかったけれど、小説はもっと良かったです。奥様の浮気の部分はさして比重が多くない印象。あくまでテーマは自分と美しい奥様が過ごした甘美な月日ですね、たぶん。戦前の中産階級の、ちょっと背伸びした暮しぶり。そして女中のもつ「ある種の賢さ」と葛藤と小さな嘘のお話。

年取った主人公のもとに出入りする甥っ子の次男。彼の「暗い足音のせまる戦前」論はちょっと練れていない生硬なセリフまわしで、どうかなとも感じますが、ま、瑕瑾。作者はこれで直木賞をとったらしい。

あらら、決まってしまったか。常に最悪が選ばれるマーフィの法則。どんな政府も外交も、いつか変化しないということはない。

振り返って「20世紀の終わり頃から21世紀にかけてはいい時代だったね」などと言い合うんでしょうか。

★★★ 青土社
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副題は「最後の英雄クアナ・パーカーの生涯」。

西部劇時代、強かったインディアンはアパッチとかスーとかシャイアンとか、ま、そういうイメージです。駅馬車や列車を襲うのはたいてい羽根飾りをつけて弓をもった集団です。馬に乗った百人くらいのインディアンが奇声をあげていっせいに襲いかかる。

ジョン・フォードの「駅馬車」はたしかアパッチ。リトルビッグホーンの戦いはスー族かな。あんまり自信はないですが線路が開通していたり、駅馬車の行き来する街道があったりしたのは、たぶん中西部も北のほうじゃないだろうか。

しかしこの本の著者(ジャーナリズム畑の人らしい)によると、最大最悪のインディアンはコマンチだった。何かの本(たぶん「センテニアル」)で「馬泥棒のコマンチ」という表現があったような。馬=コマンチ。早い時期から馬の飼育に習熟し、機会があれば何百頭、何千頭の馬を盗み出す。そもそもは北のほうにいた部族で、インディアンの中でもかなり原始的な暮しをしていたマイナー部族だったけど、南下して馬を手に入れてから一変して、あっというまに大部族になった

ただしコマンチが全盛期に活躍したのはテキサス周辺でした。例のアラモ砦うんぬんの後の戦争でテキサスはしばらくの間、準独立国家で、要するに合衆国に入れてもらえず、継子あつかい。だからテキサスのことなんて、他のアメリカ人にとってあまり関心がなかった。テキサスそのものに関心がないんだから、テキサスで暴れているコマンチにもあまり興味はない。ま、そういう事情のようです。

この本、白人とインディアン(先住民族)の描き方、わりあい公平と思います。フロンティアの白人たち、ほとんどは困った連中です。文字も読めず、インディアンをシラミあつかいし、条約を作っては欲にかられて裏切り。土地がほしい。西進をやめるつもりなんかゼロ。ま、だいたい想像通りです。

しかしコマンチも決して「高貴な戦士たち」なんかではない」。条約を提示されれば「プレゼントがもらえる」と喜び、ただし遵守するつもりは毛頭ない。そもそも条約の意味が理解できないんです。一人の戦闘隊長がなんか誓ったからといって、なんでオレたちまで拘束されるんだ。意味わからん。そもそもいえば、インディアン部族に「首長」がいると思った白人が勉強不足。インディアンは基本的に全員平等で、西欧的な意味での「統率者・代表者」はいなかった。

で、機会さえあれば馬を盗み、集落を襲っては男女かまわず皆殺し。ただ殺すだけではなく楽しんでなぶり殺す。役にたたない赤ん坊ももちろん殺す。ただし5歳とか8歳くらいの子供だけは連れさって部族の仲間に加える。人口拡充策です。馬に乗った生活のせいかコマンチは出生率も低くて子供が少なかった。

それが悪いとか残酷といわれても困ります。そういう文化だった。まともなコマンチなら生まれたときから戦いを学び、馬を見たら盗み、敵に会ったら襲う。失敗すれば自分が殺される。ただ死ぬんじゃなくて、これもなぶり殺しです。お互いさま。

というわけでコマンチがテキサス中を蹂躙した。テキサスだけでなく数千マイルを縦横に移動し、たまにはメキシコ湾ちかくの大きな町まで侵攻したこともある。ただし略奪した大量の財宝(食料、布、家具、etc・・)をえんやこら持ち帰ろうとしたんですぐ追跡された。インディアン、欲張り。

コルトの連発銃が普及するまでは、むしろコマンチのほうが強かったんですね。単発銃で1回撃つあいだにコマンチは5~6本も矢を射てくる。コマンチを討伐するはずの民兵もなかなか「馬に乗って攻撃する」という発想を持てなかったんで、いつも負けていたらしい。有名なテキサスレンジャーが登場してようやく潮目が変わるものの、その連中も当初はほとんど食いはぐれた浮浪集団みたいなものだった。

そうしたコマンチでひときわ強力なバンドの統率者がクアナ・パーカーという残酷な若い戦闘隊長。子供のころにさらわれてインディアンとして育てられた白人娘の息子(この母親のストーリーも有名らしい)。要するに母は白人、父は酋長。これが強くて勇気があって、賢かった。最後の最後まで抵抗し、そして最終的には降伏。降伏してからは政治力と交渉力を発揮してなぜか「インディアンの代弁者」になってしまった。やがて数千ドルを費やした豪邸をたて、東部の有名人やテディ・ルーズベルトまでその家でもてなした。

知らないこと、多いです。


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