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淹れたコーヒーの保温用にずーっと使っていたカメヤマのティーライトティン キャンドル。先日つい使いきりました。買ったのは100コ入りで、たぶん1200~1300円程度だったような。ちみに「ティン」は「tin」「錫」です。

ブランド品のカメヤマなので、けっこういい品質です。連続使用なら、たぶん問題ない。しかし消してはつけ、つけては消しという使用だと、どうしても芯が炭化してしまう。カップの底にまだ20%くらいワックスが残っているのに、火が消える。あるいは鉛筆の先ほどの炎になる。いろいろ工夫してみましたが、これはどうにもなりませんでした。
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ということで、次は割高で「日本製」「植物性」をうたった「キャンドルアルミカップ30個入り」を開封。おそらくパームワックス100%というのが売りみたいです。ただし価格はほぼ3倍。


うん、非常に良い製品でした。蝋が減ってきても火が消えない。もうダメかな?と覚悟して再点火しても、きちんと安定した炎がともる。

ワックスの質がいいのか、それとも容器(少しデザインが違う)がいいのかは不明。3倍の価値があるかどうかも断言はできませんが、気分の良さをプラスするなら、こっちのキャンドルのほうが優れています。

植物生まれのキャンドルアルミカップ 30個入り(ティーライトティン) 、イチオシでした。使用開始からもう1週間くらいたってますが、まだ火がつきます。



冷えますね。今年の梅雨は異常で、もう冷えたりしないんじゃないかと思ってましたが、やはり寒くなった。ビールが飲めません。

ある程度以上寒くなれば、毛布こっぽりで寝れるので悪くもないんですが、微妙なところで蒸したりしてあついと夜中に裸足を出したくなる。肩や腕を出したくなる。はい。露出すると冷えて気持ちいいです。若い頃からのクセ。

ただし、冷えるといろいろなことが起きる。まず思わず鼻水が出たりする。縮こまって固まるせいか肩が痛んだりもする。下手すると足が吊る。夜中にトイレに起きたくなる。トイレも一回くらいならもう許容の年齢ですが、たまに二回という夜がある。これはかなり不便です。ただ、どうしようかな・・迷いながら寝ているくらいなら思い切って起きたほうがまだいい。

なんという爺むさい・・とお思いでしょうが、なんの、年取るとそうなるんです。

昨日は思い切って駅前のカメラ屋まで遠征。USBメモリを持参で、写真を50枚ほど印刷してきました。これを仕分けして、兄弟に発送しないといけない。はい、年の離れた兄が先日なくなって(享年87)、その葬儀の模様をスナップした。この模様をみなさんに封書で送る予定。

試しに重量を計ってみたら25グラムには納まらないようで、ありあわせの82円切手では間に合わない。そうすると切手が120円になる。明日にでも晴れ間をみて封筒と切手を買ってきますか。こうしたちょっとした用が、それぞれ決心しないと果たせなくなったのもトシです。用件は1日にひとつ。なんかの拍子で二つになると、かなり気が重くてエネルギーが必要です。

景気の悪い話をだらだら書いてしまいました。日韓の問題、トランプ節、各国の右傾化、意外な支持率の高さ、品のない演説とニタニタ笑い、若者の政治離れ、またしても繰り返す警察のドジ。あんまり気の晴れるような話はないです。トシとってから不機嫌になりました。


講談社★★
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とちくるって借出し。井上ひさしの本はめったに借りません。

えーと、簡単にいうと東京四谷あたり。孤児院の子供たちが工夫して商品先物相場。何百億も稼ぐ。なぜ稼ぐかというと、自分たちの城、理想郷をつくるため。

ということで、独特のひさし節を我慢すればそこそこ読めるんですが、残念ながら未完でした。書かれたたのは1988年から89年にかけて。バブル時代ですね。小説中でもページを割いて先物相場の仕組みなんかを詳しく書いている。顔をしかめながら書いたんでしょうか。

中断して20年ほどで作者は亡くなり、もう続きを書くことはなくなった。その翌年あたりに講談社が刊行。

いちおう、最後まで読みましたが、やはりけっこう辛いです。単調というか大味というか。この感想、代表作(?)の吉里吉里人でも感じました。空虚な明るさとでもいうか。国語もの系なんかは割合好きなんですが、子供系とか地方方言ものなど、どうも苦手なものも多い。

ま、そういうことですが、読了はしたので一応メモを残す次第。


文藝春秋★★★★
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伊藤比呂美という人、詩人ですか。なんとなく名前は知っていましたが、読むのは初めて。

非常に元気なというか、エネルギッシュな本です。ん、少し違うか。少なくとも、読んで記憶に残る文章です。本人も「書いてるのは詩だ」と言っている。一文ごとに改行するのだけが詩ではない。といって、いわゆる「散文詩」でもないです。キラキラ光ってもいないし意味ありげに感動させるわけでもない。でもこの一冊は確かに「詩」ですね。きっと。

えーと、タイトル通り、切腹をいちおうのテーマとして書かれています。あとは鴎外への愛かな。非常に好きみたいで、鴎外の翻訳(青空文庫)をコピーして縦書きに直してペースト。ルビやなんかがメチャになるので、それを修正していく。当然ながら旧字やら異字がてんこもり。いちいちコードを探しては直す。大変な作業だわな。気が遠くなる。

そうやった結果、鴎外の文章を顕微鏡でながめるように眺めて、違和感が生じた。なんで「・・・だ」「・・・だ」と続いてその次の行だけ「・・・である」なのかとか。要するにあえて必要もなさそうなのに言葉のリズムがときどき変わる

これは漢詩のリズムだそうです。五言絶句なんかの押韻らしい。A-B-C-BとかA-A-B-Aとか。意識してそう訳したのか、それとも鴎外が自然に訳文を考えるとそうなってしまったのか。なんせ漢文、漢詩が幼い頃から体にしみついていた人だった。なるほど。我々ならつい五七五にしてしまうのと同じ。非常に面白かったです。

あとはまあ鴎外と女の話とか。チャラチャラして金髪のエリス(だったっけ)が主役とはとうてい思えないので、ほかに女がいたはずだ。もっとしっかりした意志のあるドイツ女。

で、本の後半は米国でツレアイを看取る話とか(すごい迫力)、阿部一族の話。そうそう、阿部一族で殉死の許しを得たナントカいう若い武士、腹を切る前に好きな酒を飲んで昼寝する。昼寝の時間が長くなり、老母と若い嫁がそろそろ起こそうというところ。鴎外の「阿部一族」では、けっこう泣ける場面なんですが、原典らしい「阿部茶事談」ではニュアンスが違って、老母も嫁もかなり冷たい。

長々と昼寝していると世間の目もある。どうせ腹切ると決まったからには早く切ってもらったほうがよかろう。ほんにそうですね。では起こしますか・・という感じ。この相違は面白いですね。こっちのほうが、いかにも「事実」という感じです。それを鴎外はオブラートに粉飾した。伊藤比呂美も「中傷とか噂とか、みんな傷ついて死ぬ。いやな本だ」という趣旨を書いています。確かに。


大昔、家族で浅草からぶらぶら歩いて並木藪蕎麦に入ったことがあります。大通りに面した、こじんまりした店でした。頼んだのはたしかザルだったと思いますが、いくらだったかな。たぶん1200円くらい。ま、高いけれども仕方ないか。(注)

量は非常に少ないです。上品な量というレベルではなく、上品の更に半分程度。2枚食べてようやく「軽く食べた」という感じになる。で、あらかじめ「大盛り」を頼んだら拒否された。2枚盛りもダメ。いったん食べ終えてから再度注文してくれ。

これは理不尽でしたね。ここのツユは非常に濃厚で、べらぼうに味がいい。ツユが命です。それがまだたっぷり入っている。サラっと蕎麦一枚食べたってまだたっぷり残っている状態。もって帰りたいくらい。だから新規に再注文じゃなく、蕎麦だけお代わりできればもう十分です。ツユを新しく換えるなんてもったいない。かなり心外だった記憶があります。

漱石の「猫」で迷亭が昼時に訪ねてきて、いや昼食の心配はしてくれるな、途中の蕎麦屋で頼んできたから。そういうシーンがある。迷亭、たしか3枚くらい注文してきたような記憶があるけどうーんと調べ直したらたったの「蒸籠二つ」だった。意外に少ない。ここで迷亭が蕎麦講釈をたれるんですよね。

それはともかく。その後に何かで「そもそも蕎麦ってのは軽くお腹をみたすものであって、これで満腹しようなんてのは江戸っ子じゃない」とかいう主旨の一文を読みました。ふーん、そうなの。なんでですかね。

というのが前置きで、実は先日、テレビ東京の「和風総本家」の蕎麦特集を見ました。これ、かなりお薦めの番組ですよ。テーマによって外れもありますが、だいたいは面白い。時間つなぎに柴犬の幼犬が何故か風呂敷背負って走り回ってる番組です。この柴犬、数カ月ごとに代替わりしていて、たぶんもう20代くらいは繋がっているんじゃないかな。

で、ようするにこの蕎麦特集で真実があきらかになった。なぜ蕎麦は盛りが少ないのか。実は粋とか通とかの問題ではなく、単純に「儲け確保」のためだった。そもそも最初から二八の蕎麦というんで有名になって、当然のことながらニハチ十六で十六文。「お代はいくらだい」「野暮なこと聞きますね。二八は十六文にきまってます」と言いたいばっかりにお代十六文を据え置いた。でもそのうち諸色高騰。だからといって十八文にできるか。二十二文なんて死んでも言えるか。仕方ないから盛りの量を減らせ。

ま、そういうわけで蕎麦は上品な盛りが常識になった。上品であればあるほど、いい材料を使って精をこめてつくった証となる。非常に納得です。

そうそう。並木藪蕎麦は改築か代替わりでもあったんでしょうか。念のために調べてみたら「ざるそば750円」でした。なんか記憶と違う。やす過ぎる。おまけに「そばつゆがガラリと変わった」なんて書き込みもある。方針が変わったのかな。もし変更になっていたらごめんなさい。

関係ないけど松山中学に赴任した坊ちゃんは「天麩羅を四杯」平らげています。大食いではあったんでしょうが、けっして食べられない量ではなかった。

重大な追記
家人のメモによると、たぶん2002年頃。並木で2600円という記録があった。端数を考えると4人前(私がおそらく2枚)なんでしょうね。すると一人前が650円ですか。決して高くはない。

うーん、不思議だ。記憶のゴマカシ。どこで「高い!」ということになったんだろう。量の少なさ=高い!という錯覚だろうか。2人前1300円を一人前と記憶した? いずれにしても並木藪蕎麦さん、ごめんなさい。


講談社 ★★
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この作家で読んだのは確か「天地明察」「光圀伝」、他にもあったでしょうか。みんな魅力があってそこそこは面白いんですが、傑作とまでは言い切れない。最初に読んだ「天地明察」はキャラクターがいい意味で軽くて、落語の世界みたいだった。ただしストーリーはかなり無理がある。「光圀伝」も猛獣伝説ふうでこれも味がありましたが、どうも最後まで「大義」「大義」「大義」と暑くるしく喚きっぱなしで疲れた。

今回の「戦の国」では「大義」の代りに「道をつくる」とか「自分の生を選択する」「戦の恍惚」とか、ま、そんなことがテーマなんでしょうね。道を整えても恍惚してもいいんですが、最初から最後までこれが出てくる。無理やり通した一本の棒なんでしょうか。荒いというか、設定が苦しい

そうそう。登場人物は戦国の6人です。織田信長、上杉謙信、明智光秀、大谷吉継、小早川秀秋、豊臣秀頼。それぞれ自分視点で話が展開する。みーんな「道」とか「燃焼」とか「戦い」とかにチョーこだわって、勝手に自分で納得して自滅。たとえば小早川秀秋は意外なことに冷静・賢明な青年武将だし、豊臣秀頼も人望があり状況をしっかり判断している。それなのにあえて死を選ぶ。なぜだ?と問いたいですね。そういう意味で、かなり頭でっかちの小説ばっかりです。

わけわからん感想ですね。はい。ヘンテコリンな本でした。


祥伝社★★★
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家康は東京湾に流れ込んでいた利根川を曲げて、銚子の北あたりへ持っていかせた。これによって湿地だらけの関東南部が乾き、田んぼも作れるし人も住めるようになった。ついでにどんどん丘を崩して浅瀬を埋立てて、江戸の拡張。

という経緯はいちおう知っていましたが、これって想像するだに難事業です。たしか伊奈ナニガシという人が奉行になったと何かの本で読んだ記憶がありますが、関ケ原の後のトラブルで福島正則に横車おされて詰め腹切らされたのもたしか伊奈ナニガシ。同じ人だったのかどうか()。

ということで゛この利根川東遷のあたりを書いた小説があると知って購入(珍しい)。門井慶喜という作家は初めてです。直木賞受賞者らしい。

「家康、江戸を建てる」は短編連作です。江戸開府のころの重要事件として「流れを変える」「金貨を延べる」「飲み水を引く」「石垣を積む」「天守を起こす」の5テーマ。タイトルで見当つきますが、利根川東遷、慶長小判の鋳造、神田上水、江戸城の石垣切り出し、千代田城白壁の天守。みんな江戸初期の超重要案件です。

利根川に次いでは神田上水もけっこう面白かったです。江戸はまともな井戸が掘れないので、はるか井の頭の池から水をひき、途中で堰をつくってそこから分配。そして水道橋のあたりで堀をわたる・・・というか、堀の上を渡したから水道橋ですね。途中から暗渠になり、四方八方毛細血管のように水を配給。

そもそもが高低差を利用して水を流している(しかもあまり高低差がない地形)ので、いったん下げてしまうとあとが続かなくなる道理なんですが、ちゃんと工夫がしてあった。いったん下がったあたりで中継地点の桝をおき、この深い桝に水を流し込んで水位をあげる。あがったところからまた水を流す。ローマの市内に噴水があって、水が吹き上がっていますが、あの原理ですね。逆サイホン。賢いです。ただし、そのためには導管がきっちり密閉されていないといけない。当時の日本にはそういう技術があった。

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そうそう。問題の利根川東遷はどうやったかというと、ひたすら気長な努力で、伊奈親子三代が家業としてこれを続けた。利根川を途中でとめて東の渡良瀬川に流し、それをさらに塞いで東の常陸川(鬼怒川の支流になるのかな)とあわせる。かなりいいかげんな表現ですが、ま、だいたいそんな感じ。実際には少しずつ少しずつ進めていく。気の遠くなるような大事業です。

ただし成功したからといってたいした報酬もなく、伊奈家は幕末期でたしか七千石級の旗本として遇されていたみたいです。平和時の技術官僚はあんまり評価されない。といってあんまり成功しすぎると大久保長安みたいな目にあうから、難しいです。

巻末の解説で本郷和人(テレビなんかにもよく顔を出す)は「そもそも頼朝はなぜ関東(源氏の基盤)にちかい伊豆に流されたのか。家康はなぜ関八州への転地を強いられたのか」というテーマをあげていました。それらの答えとして「当時の関東ってのは、とんでもない僻地・荒地だったから」と主張。関東が豊かな土地になるなんて、誰も予想しなかった。だから軽視して関東へ流した。というところから筆をおこしている。

家康の場合は合ってる気もするんですが、頼朝の伊豆はどうなんだろ。そりゃ伊豆は田舎だろうけど、近隣にはそこそこ豪族もいた気がするし、たとえば上総とか安房とか、それなりの力があったんじゃないだろうか。清盛をはじめとする平氏のトップ連中は坂東を実力以下に軽視していたのかもしれないです。

関ヶ原は伊奈昭綱という人でした。 通称は伊奈図書。有能な官吏だったようであちこちに名前が出ていて、上杉景勝への問罪使なんかもやってます。これを殺すことになったから正則は恨まれた。後で祟る。利根川東遷のほうの担当は伊奈忠次。その没後は忠治、忠克と続く。徳川家臣団には伊奈一族という有能なテクノクラート系譜があったような印象ですね。

大久保長安って人も、実像にかなり興味があるんですが、資料がないんだろうなあ。冤罪、陰謀の匂いがぷんぷんします。大久保一族に対する陰謀説とか岡本大八事件とか、非常に怪しい。

そうそう。肝心なことを書き忘れた。最近の流行か、非常に読みやすい文体とストーリー展開です。本屋大賞の系譜ですね。 あっというまに読了。本代が少しもったいない。


新潮社★★★
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読み残していた第2巻です。サラミス海戦でペルシャに大勝利し、アテネ黄金時代をきづいたテミストクレスは陶片追放され(ペルシャに逃げて厚遇された)、その後はペリクレスが主導しました。そしてペリクレスの歿後は混乱のデマゴーグ時代です。中心人物はアルキビアデス。長くいじいじ続いたデロス同盟のアテネと、ペロポネソス同盟スパルタの対立は、最終的にスパルタの勝利。アネテの時代はこれで終焉です。

ま、これだけのことなんですけどね。たぶん塩野さんが書きたかったテーマは「アテネの民主政治」だと思います。そもそも民主政治衆愚政治はどこが違うのか。これは難しいところで、どちらも主権は市民。あまり違いはない。だいたい本当に民衆の意向にばかり従っていたら、まっとうな政治運営なんてできるわけがない。

はい、「民衆」はいいかげんで、先を考えず、気持ちのいい言葉だけを好む。たとえば今の日本で消費税アップが本当に必要かどうか微妙ですが、過去の例からすると税金アップを強行した政府はたいてい潰れます。だから怖がって中途半端な軽減税率やらカード割引やら教育無償化やらを考える。

米国のコラムニストのボブ・グリーンだったかな。彼の父親は市の舗装整備かなんかを主張して市長にみごと当選。しかし実際に、市民に負担のかかる舗装工事を実行したらたちまちリコールされた。最初に賛同してくれた同じ市民が反対にまわった。舗装は欲しい。でも市民に負担をかけるような政策は困る。総論賛成各論反対。そういうもんなんでしょう。

アテネ民主制の黄金時代をきづいたペリクレスは、けっして「民主的」な人物ではありませんでした。出身からしてエリートです。そして汗くさい貧乏人は大嫌い。政治家ではあるけど、みんなと酒飲んだりご機嫌とったりするのも嫌い。自分勝手なことをいう市民たちを騙し騙し・・というか実に上手に誘導して、自分の思うような結論に導く。そうした軽業のような巧緻な話術を持っていた。だから形は民主制。実質は専制政治。これがうまくいった。

そしてペリクレスが死ぬと、その後はリーダーなき衆愚政です。次から次へとデマゴーグが煽動する。ポピュリズム。みんな口はたっしゃだけど、中身はない。アテネは混乱期にはいります。

そしてアルキビアデスが登場する。育ちがよくて大金持ちで、ものすごい美男子。すべてが魅力的。おまけに頭が切れて口がうまくて、戦争指揮も上手で、みんなに愛される派手な男。塩野さんもアルキビアデスに惚れてる気配がある。でもたぶん、何か足りないものがあったんでしょうね。節義とか、謙虚、たぶんそんな種類の特性。

優秀なリーダーさえいれば民主制アテネは機能します。失政続きで落ち込んでいたアテネ市民をたきつけ、シチリア遠征してシラクサ戦争をはじめる。戦争はうまくいきそうだったんだけど、いきなり(反対派の策動か)本国召還命令が届く。帰還すればたぶん死刑。大人しく従うようなタマじゃないので、するりと脱走した。当然ながらリーダーを欠いたシラクサ戦争はアテネの壊滅的な大敗北となりました。捕虜はほとんどが惨殺あるいはなぶり殺しにあった。

ちなみにアルキビアデスの亡命先はスパルタです。石頭の素朴なスパルタ人を味方につけるなんて朝飯前だったんでしょう。すぐに軍師みたいな位置について、やがてエーゲ海東海岸で大活躍。そのうちまた巧みな手品をつかって今度はアテネに輝かしい帰還・・・・したはずだったに、最後で失敗した。

で、以後のアテネは悲惨です。やることなすこと大失敗。戦に敗れ、スパルタに制圧され、アテネというポリスは実質的に消滅してしまった。

そうそう。本文中で塩野さんが面白いことを書いています。大雑把な主旨ですが「人々は決して戦争が嫌いなわけではない。ただ長引いて、しかも敗色濃いような戦争が嫌いなだけだ。だから一度の会戦で大勝利するような戦争なら大歓迎するし大好き」。簡単に勝つ戦争は好き。長引いて負ける戦争は嫌い。まったくその通りでしょうね。だから古今東西、乾坤一擲の短気決戦・大会戦の勝利者は英雄になれる。


ふだんは見ないのですが、ふと気になってNHK BSの「英雄たちの選択SP」を録画しました。タイトルは「大奥贈答品日記」。やたら有名な大奥御年寄である瀧山をとりあげるらしい。

よく知らないんですけどね、この前のNHK篤姫ではたしか稲森いずみが演じていた。年齢はまったく合わないけど(篤姫輿入れの頃の瀧山はたぶん50歳越していたんじゃないかな)、雰囲気がいかにもで、特に長煙管の吹かしかたが良かった。稲森さんって(あんまり見かけないけど) いい味の出せる女優さんと思います。

takiyamanishhi.jpgそれはともかく。昼食のあと時間をつくって、延々2時間近くを見てみました。瀧山が没したのは武蔵川口で、錫杖寺というところに墓がある。で、ないと思われていた直筆の日記がみつかった。ただし一般受けする感想日記ではなく、あちこちからの頂き物、贈り物のメモ帳。淡々と事実だけをまめに書き記しています。

こういう日記、すごい価値があるんですよね。京都の公家さんなんかが風聞を書き記したようなものは、けっこう主観が入ったり嘘がまじっていたりする。完全に信用しきるのが困難だったりするんですが、なんせ贈答メモです。ウソも誇張もないはず。(ほんの少しだけど可愛く自慢なんかも書き込んでいる。書きたかったんでしょうね)

瀧山が大奥に奉公にあがったのは文政元年(1818年)、家は小祿の鉄砲百人組だったかな。上がってからはあっというまに出世して、最終的には将軍付御年寄。家定、家茂の時代に権勢をふるい好かん慶喜が将軍になってからは(たぶんイヤになって)引退。江戸城引き渡しのあとに辞めたというのは事実誤認だったようです。(慶喜が妻子を大奥に移さなかったのは瀧山を恐れたからいう説もあり。二人は犬猿の仲だった)

日記の一部が紹介されましたが、いやー、すごいもんです。次から次へと贈り物が届く。天璋院から届いたり和宮から来たり、各地の大名連中からもひっきりなしに届きます。「通路」という表現が番組で紹介されましたが、特に用がなくても日頃から付け届けをしておくことで関係をつくれる。この関係がいざというときの強い武器になってくれる。だから「通路」。

takiyamanishhi2.jpgもちろん瀧山のほうからも細やかなお返しをする。要所々々はもちろん、御殿下がりの女中とか、火事にあった出入り業者、頼みごとのお礼。贈るのは金子のこともあるし、場合によっては手ずから火鉢で焼いたセンベイ3まいとか。

大塩の乱の原因ともいわれる大坂東町奉行の跡部良弼。これが責任とらされて逼塞しているのを助けたのも瀧山です。

13代家定の生母である本寿院が、実は跡部家の出で、ま、実家のことを頼まれて、尽力したということでしょうね。効験あらたか。跡部良弼はそれから二度にわたって留守居になったとかで、これはかなり異例の出世らしい。当然、本寿院からのお礼(の品)も届いています。

その他にも田安家のだれそれが甲州の領地替えを嫌って頼み込んできたり(もちろん叶えてあげた)、幕閣の方針を無理に変更させる力もあった。幕閣を批判するとかいうわけではなく、要するにたとえば田安の誰それ、瀧山にとっては子供の頃から知っている「ナントカちゃん」であるわけです。跡部を助けたのもそうで、本寿院さまの縁筋ですからね、かばうのが当然。

川口に引っ込んだ際には供衆が200人だったかな、豪勢だった。そのとき乗ってきた籠が錫杖寺に飾ってありました。思い切って豪華というものでもなく、ちょっと控えめに作った品のいい籠だそうです。

そうそう。子供がいなかったので可愛がっていた女中の家から夫婦養子をとって瀧山家を創設。後を託したようですが、その初代の養子が道楽者で「もってきた道具を売って生涯を暮らした」とのことです。だから現在はさほど多く残っていないんですが、ま、それくらいのすごい道具を持ってきた。きっと現代の価値なら数十億だったんでしょうね。

面白い番組でした。ただしズラーッと雁首そろえたお笑いゲスト連中はほんとに(心の底から)邪魔っけ。こういう番組、真面目につくっちゃダメなのかなあ。必要ないのにお笑いとかタレントを入れる。そもそもその「お笑い」がちっとも笑えないのがいけないんですけど。

久しぶりにテレビで国会中継をやるというので、少し視聴。参院の決算委員会です。もちろん立憲、国民、共産の時間だけで、他は時間の無駄。というより、見ても面白くないから

あの委員長、誰だろ。参院で大物の自民女性というと、あまり思い当たらない。山東昭子にしては太めだし。うーん。気になったので検索かけてみました。石井みどり。聞いたことあるような気もするけど、はて・・と調べると比例で当選2回。歯科医師会とか、そっちから出てきた人らしい。当選2回の割りには「答弁は完結に!」とか、割合はっきりシンゾーに注意していましたね。野田聖子よりも遠慮がなくて、言われたシンゾーが心外そうな顔していた。もう大きな野心もないからかな。それで忖度も斟酌もない。

(Wikiによると今年の選挙にはもう出ない予定だそうです)

で、ふと気になったのが現状の年金開始の年齢である65歳。ま、それをなんなら70歳からにしてくれる。遅らせれば支給額が増える。それどころか親切なことに、特にハガキで返事しなければ自動的に70歳希望ということにしてもらえる。

で、あの山田風太郎が冗談半分(つまりは本気も半分)に提案した安楽死、国立往生院の年齢は何歳だったっけ。70歳だったか、75だったか。本棚の文庫本「あと千回の晩飯」を開いてみたら、老人大氾濫予防として想定の年齢は65歳でした。なるほど。これくらいなら老人もまだしっかりしている。ちなみに書いていた山田風太郎は当時72か73のはずです。文庫の最初のほうで、市から長寿祝いとしてスタオルと金一封をもらったとも書いてある。そんな時代ですね。

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