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ブラウザを開くと「本日のラッキーな訪問者はあなたです」なるページに飛ばされる。

20160830.jpg1回だけでなく、何回もしつこく表示。質問に答えると「Streaming Movies」なるものが当たるんだとか。はっ。

検索してみると、前からはびこっているらしい。削除方法がハッキリしないので、仕方なくリフレッシュ(初期設定に戻す)を実行。いろいろ変更した設定がすべて戻ってしまうので、面倒だけど、必要なものは再設定。

とりあえず、リフレッシュしてからは出てこない。みなさん、絶対に騙されないように

★★★ 東京大学出版会
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著者は霊長類学者。ゴリラの本をたくさん書いていますね。テレビなんかにもよく顔を出します。

で、最近は管理職としての仕事がどんどん増えて、たしか去年か今年か京大の総長になったはずです。本人が喜んでいるかどうかは不明。少なくともアフリカでの現地リサーチなんかやれる立場ではなくなって、たぶんフラストレーションが溜まった。以上はもちろん勝手な想像です。

ということで、現地に行けないのならまた本でも書くか。「家族」というキーワードで最近の定説やら研究成果をずーっと概観してまとめたような一冊です。版元が講談社や文春ではないので、軽易に読める一般啓蒙書ではありません。といって論文でもない。あんまり一般向けのサービスしないで、自分の言いたいことを書いた。ま、そんな感じ。ひたすらサルと類人猿の話です。

したがって内容を簡単にまとめるのは無理ですが、いわゆる「通説」もどんどん変化しているですね。たとえば「人間は狩をすることで脳が大きくなった」説はもう受け入れられない。どっちかというと「脳が大きくなったんで上手に狩ができるようになった」らしい。ではどうして脳が大きくなったのか。

ずいぶん前に読んだ「ヒトは食べられて進化した」という本。つまりマッチョ親父たちに好かれた「Man the Hunter」説はもう人気がなく、「Man the Hunted」説がいまでは定説になっているらしいです。小さなルーシーたちが石で豹を殺したと考えるより、豹に食われないようにおびえて暮らしていたというほうが納得できる。

食われないために集団生活し、言葉を発達させ、共感を高めるために「音楽」を利用した。先日読んだ新聞記事では、ルーシーは木から落ちて死んだ可能性が高いとか。不器用だったんでしょうか。

ちなみに表紙のイメージほど柔らかい本ではありません。騙されないように。

どうでもいいことですが、いわゆる思春期の急速な肉体変貌、あれは脳にもう栄養分を分ける必要がなくなって(それまでは脳の成長が優先だった)、ようやく体の成長に資源を振り向けることができるようになったということらしい。つまり産道の関係で小さな脳(成人にくらべて)で産まれた子供は、まず脳をどんどん成長させる。一段落して、ようやく今度は体の成長。成長というのは「子孫を残せる体」になるということです。

なるほど。思春期に勉強しすぎると体が成長しない・・・という迷信も、あながちウソとは言えないのかな。思春期には勉強なんかしないで、スポーツやりなさい。




★★★ 幻冬舎
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奥田英朗ですから手慣れたもんです。デパートの外商に勤めるナオミと、学生時代から仲のいいカナコ(主婦)。二人がある男を排除(要するに殺す)するお話です。「殺害」ではなく「排除」という言葉を使う。

庶民にとって馴染みのないデパートの「外商」の雰囲気をまず紹介してくれる。なかなか面白い。ついでに在日中国人の女社長(とうぜん、やり手です)との付き合いで、話が発展していく。グジャグジャした夫の実家の事情やら田舎の父母やら、ま、「そうだろうな」というストーリーが続いて、やがて殺人。犯罪そのものは罪悪感なく、あっさり実行されます。

で、小さなテーマになっているのがDV、家庭内暴力です。ん、なんか他の作家にもあったな。荻原浩の「冷蔵庫を抱きしめて」。流行っているんだろうか。奥田英朗と荻原浩、似ています。どっちも達者なストーリーで、読んで損はしない。新刊を発見すると借り出すことにしています。

楽しめる一冊でした。


★★★★ 新潮社
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何十年ぶりかに「戦争と平和」を少しずつ読みましたが、読み進むにつれてストーリーの断片を思い出してくる。

なるほど、たしかアンドレイはナターシャと婚約するんだったか。でも若いナターシャが駆け落ちして、婚約は解消。で、なんやかんやあってピエールとナターシャが一緒になるんだったか。ピエールってのは、何回読んでもイライラする困ったちゃんです。

ボルコンスキー家の不器量なマリアは、たしかニコライ・ロストフと結婚したような。じゃあソーニャはどうなるのか。これが記憶から消えている。そのまま日陰の花のように暮らしたんだったか。で、ロストフ家の長女、空気を読めない長女のヴェーラは、おそらく実際的なベルグと結婚する。たぶん、似合いの夫婦なんでしょう。

そうすると最初のほうで登場したロストフ家の居候ボリスはどうなったのか。これも実際的なしっかり者ですから、それなりに上手に世渡りするのかな。出世して、頑張っている没落貴族の母親を幸せにしてあげる。

貧乏な母親といえば、この小説にはドーロホフという魅力的な悪役がいます。この人の家も貧乏。後半はどうなったんだろう。記憶なし。

それにしても貴族が多い。知識階級=貴族という感じ。貴族でないのは商人か農奴で、こっちは一気に無知階級になる。で、戦争と平和はほぼすべてが貴族階級のお話ですね。ごく一部が農奴階級とのお話。貴族といっても、顕官もいれば貧乏人もいる。ドーロホフなんてのも、なんとなく没落貴族のような印象があります。そうじゃないと、たぶん賭博仲間と付き合ってもらえないでしょうね。

ニコライと軍でいっしょだったデニーソフという士官なんかも、気の迷いでナターシャに求婚してるから、たぶん末端の貴族階級なんでしょうね。で、第4巻では将軍になっている。将軍?と驚きますが、なんか佐官とか将官がすべからく大安売りです。近代的な軍制度が先入観にあると、当時のこうした人事のいいかげんさが理解できません。たしかボリスもすぐ大佐かなんかになってるし。


で、何週かけたんだか、なんとか読み切りました。もちろん著者が延々と繰り延べる愛とか人生とかの長大演説部分はかなりいいかげんな読み方です。1行々々しっかりなんてとんでもない。

思い込みと相違して意外だったこと。まずソーニャですが、容貌について「丸顔」という描写あり。へー、そうだったんだ。細っこいネコ娘かと思い込んでいた。また天然系色男のアナトーリですが、これも後半で「太っている」という描写を発見。なるほどねえ。

それからナターシャは駆け落ち実行犯ではなかった。未遂。しかしソーニャはやはり貧乏籤をひきます。「あだ花」なんだそうです。あっさり、ひどい決めつけだなあ。

総じてナターシャにしてソーニャにしてもアンドレイにしても、もちろんマリアとかニコライとか、完全な人物として描かれている登場人物は一人もいません。みんな狭量な部分もあるし、意地悪だったり自己本位だったり。その代わりエレンとかアナトーリとかイッポリートとか、悪役も案外いい味があるじゃないかと思わせたりする。

読み終わって、やれやれとページを閉じて、なかなか大変だったけど通読できてよかった。こんな本を採点するのは無理があるんですが、ま、★3というわけにもいかない。やは★4ということになるんでしょうね。それにしてもなぜ著者は「トルストイ」なんだろ。「レフ・トルストイ」ではないんですね。


★★ 青土社
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 エッセイ集。著者は質の高いSFやホラー系、推理小説を書いている人で、えーと「硝子のハンマー」「青の炎」「新世界より」「悪の教典」などなど。けっこう読んでるなあ。

で、エッセイですが、うーん、これはダメです。本人も「もうエッセイ集は出さない」と巻末で宣言してます。合わないんでしょうね。

なんというか、つい「面白くしよう」という気が働くんでしょいうか。そう思ったぶん、書かれたものは面白くない。平凡きわまるものになってしまう。残念でした。


子供のノートPCの具合が悪いらしい。何かというとフリーズする。スタートアップ修復が頻繁にかかる

原因として考えられるのは、Endnoteというアドインを入れたあたりから。なるほどね、とEndnoteについて調べてみましたが、ようするに海外文献なんかを引用する注釈アドインのようなもののようです。よく知らん。

で、WordとEndnoteのからみ方でトラブルが発生しているようなのですが、不思議なことにEndnoteアドインを削除しても、まだフリーズが発生する。うーん、そうなると、EndnoteではなくてWordの問題なのかなあ。家に重いのを下げて帰ったので、そのノートを見せてもらいましたが、とくに問題は出ない。出ないけど、実際にはときどきトラブルらしいです。

いろいろ試してみてサジを投げた。こうなったらWord(Office2013)を再インストールするしかないかな。たいていのものは再インストールするとキレイになります。お皿があれば簡単なんですが、プロダクトキーを使ってネットからインストールする方式らしい。

office2013.jpgあいにくOfficeのプロダクトキーを記した紙は置いてきた。しかしいろいろ探した末、「WordのプロダクトID」を発見。これか。これでいいのかな。

違いました。マイクロソフトによると「プロダクトID」」と「プロダクトキー」は別物なんだそうです。紛らわしい。仕方なく再度ネットを検索して方法を調べ、ようやくレジストリから「プロダクトキー」を引っ張りだした。やれやれ。これでOffice2013を再インストールできる。

しかし、不思議なことに、ここからが大変でした。まずMSのダウンロードサイトに飛ぶと「Microsoft アカウントにサインインしろ」と言われる。この言葉、知人のWindows8マシンで初めて目にしましたが、またMSがわけのわからないものを作った。キレイゴトはいろいろありますが、要するにMSが自社のユーザを管理把握したいんでしょうね。そう思っています。しかもMicrosoftアカウントがないと、ダウンロードに進めないらしい。不便な。

子供に聞いても「そんなもん知らない」というので、新規にアカウントを作成。すると返信メールがきて、指示のサイトで続行して、いろいろ書き込んでようやくアカウント作成。

さてOffice2013をサクッとダウンロード・・・ができない。ダウンロードすべき場所がわからないわけです。「ここか」と飛ぶと単なるご説明ページ。たいていは「ダウンロードはここに飛べ」とリンクがありそうなんですが、発見できない。同じところを何回も何回も迷子になって彷徨しました。まるでカフカの世界だ。

で、しつこく探してようやく発見して、プロダクトキーを打ち込んで、「インストールと保存」というボタンを押したら、あらら、「64bitなので32bitはインストールできない」とお叱りをうける。変だなあ。ちゃんと前のOfficeはアンインストールしたから問題ないはずなのに。じゃ64bitを選ぶか。

MSの説明では、64bitを選択したい場合は、ボタンダウン画面で選択できるらしい。でもそんな画面は何回やっても発見できず。またまた、同じことを4回くらいやりました。

念のためコントロールパネルを調べると「Office IME 10(だったかな)」な発見。なんで「10」なんだろう。関係ないと思うけど、これも削除して、5回目。ようやく成功。もちろん一本道をたどって32bitのOffice2013です。逃げ道はない

なんでこうなったんだろ。つらつら考えるに、そもそも与えられたプロダクトキーで再インストールしようとすると、もう32bit決め打ちになっているような雰囲気。しかし「お前のOfficeは64bitだぞ」と疑われたんですから、なんらかの残骸が残っていたんでしょう。それがIMEという可能性はあるんだろうか。

これも調べてみたら、そもそもOffice2013は、64bitより32bitのほうが安定しているし、MSも推奨していると(どこかに)書いてあった。 64bitにたいしてメリットはない。へえー。もしかして最初のインストールで64bitを入れてしまった(入ってしまった)という可能性はあるんだろうか。で、64bitだから妙に不安定だったりして、悪さをする。なんせMSだからなあ。うーん。あるいは「インストールと保存」を選んだからいけないので、成功したときは単なる「インストール」だからうまくいった。まさかね。

わからないです。しかしとりあえずインストール成功。ふつうに動きます。念のためEndnoteを入れてみましたが、これも取り敢えずは動くようです。

結果よければすべて良し。「何故?」とは考えない。MSサイトの訳のわからない八幡の藪知らずぶりをブツククサ文句いってたら「アドビとどっちが嫌い?」と聞かれた。うーん、どっちもどっちだけど、まだしもアドビのほうがマシかな。あくまでも「まだしも」。どうしてMSのサイトってのは、こんなに使いにくいんだろ。直感に反しているというレベルではなく、ほとんど拷問です。

★★★★ 連合出版
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シリーズは何冊か読んでいますが、この巻がいちばん面白かった。

なんでだろうな・・と考えてみると、要するに専門である「漢字」「音韻」などの話が比較的少ない。漢字の話も悪くはないんですが、やはり専門的すぎるんですかね。完全には理解できないし、読んでいると疲れてくる。

それにしても高島俊男ってのは、恐いもの知らずでバッサバッサと切り捨てる。困った爺さんで、敵ばっかり作っている。もう少し筆致を押さえれば世の中を上手に渡れたんでしょうが、イヤなんでしょうね、きっと。遠慮なく作家や評論家、訳者をやっつけるだけでなく、有力出版社にも噛みつくから、なかなか大変。このシリーズも「連合出版」というマイナー出版社(たぶん。偏見です ※注)からしか出させてもらえない。金持ちにはなれません。

たとえば儒学の話。そもそも儒学ってのは、春秋戦国の後、統一国家をまとめるのに都合のいい思想なので、いわば国家宗教になった。それなりに有用ではあったが、以後の中国二千年、なーんも発展せず、どんどん劣化して社会を停滞させ、害悪をなしていく。日本の場合は四書五経は輸入したけど「儒教文化」には関心なかったので、そんなに悪くはなかった。つまり日本の儒者はまったく有害ではなかった。害をなすような力が皆無だったから。その点、国学は困ったことになまじ影響力をもったために非常に害をなした。

そうそう。日本で歴史を贋作するというか、影響力、勝手なイメージを作り上げてしまった元凶は3つあり、日本外史、司馬遼太郎、NHK大河ドラマなんだそうです。坂本龍馬なんて「維新の功績としてはまったく何もしていない」とバッサリ。それを司馬遼太郎が魅力的な英雄象を描いて「日本の常識」にしてしまった。ただし高島俊男の良いところは「だからけしからん」とは言わない。そういうもんでしょ、と諦観している。

この人のものの見方、かなり好きです。

労組の連合ではなく、旅関係の本をよく刊行している出版社みたいですね。無知。知らなかった。

あゃゃ、この本、前にも読んでた。2年前。なんとまあ。モウロク。言葉もなし。


★★ 新潮社
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三河物語ってのは、例の大久保彦左衛門が書いたものですね。もちろん読んだことはありません。で、わずかに知っているのは講談だったか落語だったか、天下のご意見番として硬骨の言動をとったという伝説。ついでに出入りの魚屋、一心太助。

ということで、小説の形態をとっているけど多少は知識を得られるかなと「」三河物語を借り出した次第です。上中下の3冊。

なるほど。要するに徳川家臣団、大久保一族の歴史なんですね。酒井とか本多、榊原、井伊などに比べるとマイナーですが、それでも有力な一族だった。で、家康の晩年に一族の大久保忠隣が小田原城主。このへんが絶頂で、たぶん大久保長安事件絡みで(おそらく本多正信が動いた)失墜。

ただし著者の解釈では、家康の長男信康の処理に関して(長い年月にわたって恨みを残していた)家康が報復したようにも受け取れる。信長の詰問に弁解せずあっさり信康を切り捨てようとしたのが、当時の使者だった酒井忠次。このとき大久保の代表である忠世も同行していたという。

ま、ようするに有力家臣というのは、けっこうな力を持っていたわけです。家康といえども、家臣の意向を尊重するしかなかったんでしょう。

で、大久保忠隣失脚の後、大久保一族はずーっと冷や飯を食わされる。いわば冷や飯食いの武功派代表が後の彦左衛門です。

宮城谷昌光がどんな具合に書いたのか興味があったんですが、正直、ちょっと飽きる内容です。一族の長老たちはみんな「出来すぎ君」で、人間味に欠ける。幼少の彦左衛門も聖人君子みたいだし、家康も有能すぎる。

そういう瑕疵はありますが、戦国末期の家臣団がどんな雰囲気だったのか。細かい部分が面白いです。とくに家臣団を二分した三河一向一揆のあたりは、他に詳細に描いた本を知らないてめ、興味深かったです。


久しぶりに東京へ出て、帰路、電車が人身事故。さいわい降車駅のひとつ手前の駅にとまったので、歩くことにしました。

たいした距離ではないんですけどね。せいぜい20分か30分。蒸し暑い中をせっせと歩いて、特に何も感じなかったんですが、翌日になってヒザが痛む。

あらら。急に立ち上がったりするとギクッとくる。痛み止めの薬のCMみたいです。慎重に、ゆっくり動作しないといけない。

ヤワになったもんです。実はこの1週間ほど、腰にも予兆がきている。こっちはギックリやるとオオゴトなんで、おとなしくしていたら、だいぶ緩和したようです。ま、ご用心ご用心。

山上憶良にもトシヨリの歌がありましたね。立ち上がれば百斤の重みとかなんとか。トシヨリは体を労らないといけない。痛みと仲良く暮らさないといけない。

※ あった。山上憶良「沈痾自哀の文」
「四支不動、百節皆疼、身體太重、猶負鈞石」
「四支動かず百節みないたみ、身体はなはだ重く、なほ鈞石を負へるがごとし」(山田風太郎の読み下し)

★★★ 集広舎
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中国人作家の近未来小説です。SFというにはちょっと違うような。

発表されたのは1990年代初期らしい。もちろん発禁本。時代なので、設定がちょっと古いかな。たぶん台湾ではまだ民進党政権が誕生する前だった。

ある日、中国共産党総書記が凶弾に倒れます。そして軍の一部と党中央が対立し、あいまいな形で一種のクーデタが成立する。当然のことながら、広大な中国は分裂して、地方政権が次々とできあがる。周辺部は独立を画す

小説としては、ま、二流でしょうね。暗殺者が跳梁し血が流れ、美女が迫る。まるで「小説というのはこうでないといけない」という固定観念を持っているかのようです。しかし小説として二流であっても、中国の意思決定構造がどうなっているのか、地方と北京はどういう関係なのか。人民の意識や周辺国との関係は? そのへんの内情が実は面白い。

ひとくちに「中国13億」といいいますが、それがどんな意味をもつのか。後半、混乱に乗じようとした台湾を叩くため、北京は核ミサイル攻撃を決意する。それがキッカケで中国は米ロの同時制圧攻撃を受け、政権は崩壊。内乱。政権崩壊ということは、全土のシステムがなくなるということです。人体にたとえれば神経系統が消え、動脈が止まり、結果的に食料生産・流通システムが崩壊する。

13億人が飢えたらどうなるんでしょう。


中国全土で原始的手段でなんとか細々と養えるのはせいぜい3億人だそうです。残りの10億人は死んでもらうか、でなければ国外へ追いやるしかない。10億人が脱出しようとしたら、どんな事態になるのやら。そのへんをリアルかつ悲惨に描いたのがこの小説の後半のテーマです。

脱出の先は、広大な国土があるところ。具体的にはシベリア、オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカとカナダです。日本や韓国は狭すぎて考慮外。

入れまいとして地雷で警備する某国の国境に押し寄せるのは数千万人の難民暴徒です。万の単位なら銃や砲撃で対処できる。しかし数千万の侵入を防ぐことは物理的に不可能です。針ネズミのようにガチガチに設置された地雷地帯に、死を覚悟した老人たちが数百人ずつ行進してくる。もちろん吹っ飛びます。その次にまた数百人が行進してくる。残っていた地雷が爆発します。しかし、また数百人が行進してくる。こうして国境に回廊が切り開かれ、その後を数百万の飢えた難民が押し寄せてくる。

まるでレミングですね。オオカミやライオンもレミングの行進を止めることはできない。1億人が押し寄せて、たとえ2000万人が殺されても残りはまだ8000万いる。昔の毛沢東がそんな主旨のことを言っていましたね。仮に中国がミサイル攻撃をうけてン億人が死んでもまだン億の人民が残る。決して滅びることはない。短波ラジオの北京放送で聞いた記憶がある。何億だったか明確な数字は覚えていません。

どこかのサイトで読みましたが歴史的には、中国前漢の末期は6千万くらいの人口だったらしい。ところが後漢光武帝の頃で2千万。3分の1に減少。中国の悠久の歴史の中ではこの程度は珍しくもない。いま、13億が3億になってもまったく不思議なし。

ま、これが「黄禍」です。

ちなみに島国である日本は上手にたちまわって、戦前の黒龍会みたいな組織が主導して旧満州付近を自国のものにしてしまっています。日本にとって国土拡充は悲願だそうで、日本ってそういうイメージなんでしょうかね。


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