岳宏一郎の未読書を発見すると必ず読むことにしているのだが、なんせ数が少なく、めったに発見することはない。だいだい、この人の魅力のすべては「群雲、関ヶ原へ」(新潮文庫)に集約されてしまった感がある。
御家の狗(おいえのいぬ)は江戸初期の怪物3人、つまり大久保長安、本多正信、本多正純のスケッチ集のようなものです。この3人が果たして真に忠義の士であったか謀反人であったかは永遠の謎でしょうが、岳宏一郎は少なくとも読者が反射的に連想する「狡兎死して走狗煮らる」を、もちろん計算してタイトルを付けています。越王勾践の軍師范蠡の故事でげすな。
家康の駿府時代というのは、どうもモヤモヤしています。大実力者・大久保長安という男が何故処分されなければならなかったのか(ただし長安本人は処分を免れてサッサと大往生。親類縁者や関係大名が巻き添えをくらった)。伊達政宗、家康六男の松平忠輝なども絡むし、おまけにキッカケとなった岡本大八事件というのも、どうもわかりません。(更に大八事件はキリシタン禁圧にも影響したらしい)
ま、形の上では正信の子であり、駿府派の権臣(当然、反秀忠派)本多正純の家臣が有馬晴信から収賄を行い、これで正純の影響力が一気に衰える。ここにまた福島正則の改築届け事件(正純に改築届けを出したのに、幕閣には通っていなかった)も絡んだり、非常にややこしい。
多分、岳宏一郎が断じるように徳川の重臣たちの苛烈な権力争いと考えるのが正解なんでしょうね。
子供の頃は「宇都宮の釣り天井」なんて、思うだにおどろおどろしくて、興味しんしんだったのですが。真面目に考えれば、将軍を暗殺するのに、わざわざ釣り天井作る必要はないわな。経費もかかるし、あまり効果はなさそうだし、工事関係者など秘密も漏れやすいし。ただ、処分後の正純が秋田藩に預けられて、そこで死を迎えたことはこの本を読むまで知らなかった。