「秘伝中学入試国語読解法」 石原千秋 

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新潮社 ★★


kokugo2.jpgリビングに転がっていたので、ふと手にとってザッと読んでしまった。妻が借りてきたらしい。

著者は漱石研究者。で、一人息子の中学受験につきあい(というか、のめり込み)、当初は奥さんの出身である成城学園中学に入れようとしたのが、結果的に桐朋学園に合格させたという内容。

2部構成になっていて、前半は三田誠広の「パパは塾長さん」と同趣旨。後半は国語問題の分析、解答作成方法など実地のお話。妻はこっちの方に関心があって借りたらしいが、私はほとんど読み飛ばしてしまいました。

ま、真面目(でしょうな、多分)な大学の先生の書いたものですから、三田誠広ほどは面白くない。あれほどは笑えない。でも考え方や悩み、試行錯誤のあれこれなどは、まったく同じです。内容に釣られて、速読とはいえ前半部分すべてを読んでしまったんですから、やはりいい本なんでしょう。

何を隠そう、十年ほど前には私自身もこれと同じような生活でした。たまたま家の前に中学校があったばっかりに嫌気がさし(ひどかった)、なんとなく中学受験を考え始め、4年の暮れにひょいと入室テストを受けさせ、3学期からは新横浜に出来たばかりの四谷大塚に娘を通わせました。

四谷大塚というのは本来なら準拠塾(予習塾)に通うのが本筋です。しかし私たちは自宅学習(自宅予習)を選択。毎週日曜だけ新横浜で「日曜テスト」を受けさせました。多くはないものの、同じようなスタイルの家庭も珍しくはなかったようです。

大変でした。最初のうちは妻と私で分担して予習させましたが、すぐ算数が手に負えなくなりました。受験算数は非常に難しいです。理系の大学生でも解けるのは3分の1くらいじゃないかと思うくらいです。理科も物理関係がどんどん難関になりました。6年になってからは、ほとんど手も足も出ません。でも、それでも子供は私たちに聞いてきます。

私たちに出来るのは、せいぜい聞き役でしたね。子供はイライラしながら解けない問題を説明してくれるのですが、説明しているうちに整理ができるらしく「あ、わかった。もういい」というパターンの連続でした。

いろいろ大変でした。子供はもっともっと大変だったと思います。学校選びも苦心しました。結果的には第一志望のF女に合格。小高い山の上の校庭での合格発表、着膨れてぴょんびょん飛び上がって喜んでいた子供の姿が忘れられません。合格を確認するとすぐ抑え(の抑え)校への入学金振込で待機していた妻に電話。数日たってから当時新設だったKF(こっちが抑えの本命)からも合格通知が来ました。

入学式で生徒たちが歌う賛美歌にも涙が出そうでした。6年間お世話になりましたが、F女は本当に素晴らしい学校でした。

思い出したら、ちょっと涙腺が刺激されてしまった。

大学入試? 大学は子供本人の責任。完全に放置です。本人は遠い昔の中学受験などではなく、こっちの方が切実だったとは思いますが。


その気になってしまって、大昔に記録した中学受験メモを掲載してしまいました。