「蒼穹の昴」 浅田次郎

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★★★ 講談社

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なんか浅田次郎の代表作みたいな扱いの本です。図書館に珍しくペロッと置いてあったので(しかも上下そろっている)借り出しました。

たしか田中裕子が西太后に扮してドラマをやっていた記憶があります。もちろん観ていません。ん、どっかで10分くらいは眺めたかな。科挙(会試か)とか役者のとんぼ切りとか、なんかやっていたような・・・。

それはともかく。

清朝末期。型にはまるのが嫌いな秀才・梁文秀と、同じ村の糞拾い少年・李春雲がとりあえず中心人物です。文秀は都での試験(会試)で不思議なことに及第。たんなる合格じゃなくて一等賞です。で、へんこてりんな占い婆さんに騙された春雲は、貧乏脱出のため自分の手で性器切断。自宮とか浄身というらしいです。あとはトントン拍子で、二人は出世していく。

面白かったこと。切った性器は宝貝(パオベイ)といって、壺にいれて大事にしていたらしいです。宝貝って、はるか昔のお話である「封神演義」でもたくさん登場してましたよね。戦う神や仏が「秘密兵器じゃぞぉ!」と取り出す必殺の新兵器。たいてい一人の神様はひとつしか宝貝を持っていない。(私の読んだのは安能務の封神演義。奔放・超訳ですな)

ということで、宦官は自分の宝貝を大切に保管しているものと思ってましたが、そこは経済原理、借金のカタとして取り上げられてたケースもあったらしい。小説では、ちょん切り業者が「手術代を貸してやるから、金ができたら買い戻せ」といって保管金庫に入れておく。これナシで死ぬと来世はメス騾馬なんで、宦官は必死に利子を払ったりします。死ぬ前に買い戻して、棺にいっしょに入れてもらわないといけません。

もうひとつ。小説では李鴻章がほとんど万能のヒーロー(ただし年老いている)となっています。あらためて納得したのは、北洋艦隊にしろ北洋軍(淮軍?)にしろ、形の上では「清の軍隊」であっても、実質は李鴻章が作り上げた李鴻章の私設軍であるということ。こういう表現が正しいかどうか知りませんが、体制内に留まっている強力な軍閥みたいなもんなんでしょうか。

ただし。どんなに力を持っていても李鴻章は文人、進士です。皇帝に逆らい、新政府樹立へ一歩踏み出す気はなかったんでしょう。あくまで扶清興国・文明化。ただし、李鴻章の子分である袁世凱は教養人じゃないので、こんな遠慮はありません。ま、袁世凱の野望実現は、この小説の後のお話になりますが。

てな具合で、清朝末期のゴタゴタやら宦官や官僚の陰謀うずまく大騒ぎ。康有為がツバキ飛ばして若い光緒帝に理想化論を檄したり。西太后がわめいたり、下手な演技の役者を叩かせたり、まずい料理をすすめた宦官を百叩き刑に命じたり。いろいろテンコ盛り。

少し違和感があったのは、この小説での西太后と光緒帝との関係です。なんか西太后は亡くなった実子に面影の似ていてる光緒帝に「政治の苦労をかけたくなかった」という動機で動いている雰囲気。これからの政治は苦労ばっかりだから、あの子に辛い思いをさせたくない・・とか。なるほど、だから田中裕子が西太后をやったのか。ただし、なんか分かったような分からないような設定で。

おまけに光緒帝は西太后に頼りきっていて、すっかり懐いているようでもあり、そこに国家の将来を憂いる改革派の志士やらが活躍して、てんやわんやの政争。暗殺未遂騒ぎも発生し、根は優しい西太后も可愛さ余って憎さ百倍・・。わけワカメです。

などなど、へんな設定も多々ありましたが、最後まで面白うございました。そうそう。いちばん最後のあたりで、やけに計算高い少年が出てきて、逃走中の改革派が名を問うと「毛沢東」と答える。ままま、文句言っちゃいけません。可能性としてはありうるんだから。