★★★ 中公文庫 上中下3巻。
なんとなく本棚から引っ張りだして読みました。
買ったときに読んでるはずですが、何も記憶にない。で、読み出したら、いいですねえ。一応「小説」と銘打ってはいるものの、フィクションの要素はほぼ皆無。ひたすら詳細かつ精密に調べ抜いた日清戦争史です。
従来の日本視点の日清戦争と違うのは、中国や朝鮮の内情・事情が細かいことでしょうか。印象としては中国5、朝鮮3、日本2といった比率です。したがって登場人物も李鴻章、袁世凱、陸奥宗光なんかが主要。朝鮮では宮廷クーデタに失敗して日本に亡命した金玉均あたりの描写が多いです。(金玉均は頼りにした日本政府に余計者扱いされ、結果的に上海で暗殺されます)
読み終わって思うのは、李鴻章ってのはすごい人物だったんだなということ。清濁併せ呑んで、能天気な西太后のご機嫌とりながら政敵と戦い、北洋軍閥を組織して経営し、もちろん保身感覚にもたけ、最後までしたたかに政治生命を保った。保ったというのは言い過ぎにしても、とにかく殺されずにすんだ。
司馬さんの本の印象では180cmくらいある巨人の雰囲気でしたが、どこかに「170cm以上」ということぐらいが事実だったと書いてありました。それでも当時としては大男ではあります。ネズミ公使の小村寿太郎が公称「五尺一寸」だったそうですから、ま、それに比べれば堂々たるかっぷくですね。
日清戦争前夜の朝鮮でのゴタゴタ(大院王、閔氏一族、親日派、親清派)。ごく簡単にいえば気弱な国王の「父親」と「女房の実家」が対立し続け、そこにメンツを気にする親分気取りの「清国」と生意気盛りの乱暴な「日本」が絡む。
おまけに国家にはお金がないし、旧弊な国民はブーブー文句をいう。気鋭の連中もグチャグチャ言う。周囲には小姑みたいなイギリスやらロシアやらドイツやらがいてなにかと口をはさむ。気が狂いそうです。このあたりの事情を詳しく書いた本はあまりないので、非常に面白かったです。
あっ、戦争シーンはごくごくわずかです。こっちを期待して読むと失望すると思います。
そうそう。北洋艦隊自慢の「定遠」「鎮遠」ですが、開戦前夜に保有していた砲弾数が「3発」と書いてありました。3発ずつではなく、両方あわせて3発。要するに北洋艦隊に予算がなくて、補充できなかった。ほんと?という話ですが。
艦隊予算は西太后が別荘造りに流用していたというのは常識ですが、もちろん単に西太后のワガママ・認識不足だけではなく、この際「漢人である李鴻章の力をひきずり落とそう」という宮廷派(満族)の思惑もあったらしい。たとえ国防に問題が生じてもいい、李鴻章の力の源泉である北洋艦隊を弱めておくのが上策・・・。政治は難しいです。