★★★ 「井上靖集」筑摩現代文学大系70
うん。だいだい記憶どおりでした。
少しおぼろだったんですが、この小説の茶々はまず京極高次、次に蒲生氏郷に心を動かされてるんですね。ま、若い娘としては当然です。
信長の姪といったって、大河ドラマみたいにチヤホヤしてくれる人なんかいないし、便利にあらわれる背後霊もいない。高貴ではあるが少し邪魔っけな姫さまとして、どこかの城の片隅でひっそり暮らしている。ときどき顔を出す若いイケメンとか安心感のあるオジサマに心惹かれるのも不思議はない。
姉妹の性格付けもいいです。妹の初はわりあい普通の女の子で、ひそかに従兄弟の京極高次を好いている。でも岳宏一郎の「群雲、関ヶ原へ」の初のほうが実はリアル感があって面白いかな。姉は秀吉の愛妾、妹は二代目将軍の正妻、でも自分はたかが大津の城主の妻。なんかさえないわー!という感じで、せっせと亭主の尻を叩く。もっと出世しないさよ。
張り切った亭主はいろいろ策動するものの、いつも裏目に出る。東西決戦でも数万の西軍に居城を囲まれ、さんざん頑張った末についに開城、でもちょうどその当日に関ケ原の戦いが終わってたなんて・・・せめてもう1日防戦できていれば数十万石は間違いなかったのに。
「淀どの日記」で末の妹、江は、性格のはっきりしない娘です。姉たちほどの美貌ではない。よくいえば腹が据わっている。動じない。少し鈍感にも見える。で、地味ななりにせっかく結婚したと思うと生木を割かれて、子供は引き離され、もう世の中に期待なんか持たないから・・と冷えきっている。
そんな末の妹が若い婿さん相手にポコポコ子供を産んで、結果的には(本音は知りませんが)幸せな後半生を送る。不思議な巡り合わせです。
井上靖の女性時代物の特徴と思いますが、彼女たちの世界と男どもの世界は切り離されています。男連中が権力闘争したり戦を計画したり、殺したり、そうした生臭い動きは女性たちの耳には直接入ってこない。みんな後になって、侍女たちが聞き込んできた噂として伝わってくる。不確実です。
すべて間接的というか、臨場感はない。外界はおぼろな影絵のような世界です。現実感がないなあ・・と思っていると、ある日とつぜん敵兵が城を囲んだり、いきなり使者が訪れて一気にリアルな世界に突入。わけもわからず駕籠に乗せられて、どこかへ連れ去れる。情報なし。どこへ行くのか、聞いたって誰も返事をしない。流れに従うしかないんですね。
もちろん亭主が刺繍しながら、家族に戦いの相談をするなんてことは金輪際ありません。赤ん坊の産声を聞いて城兵がなぜか静まるなんてこともないです。
警戒厳重な安土の城内を子供がウロウロするなんてもっての他だし、戦乱の伊賀越えした女の子がいきなり明智光秀と面会して、光秀が弁解めいた施政方針演説するなんてこともないです。
なかなか面白い本でした。このままもう少し井上靖を読み続けようかな。