★★★ 平凡社
近くの図書館ではなく離れた分館に置いてあることは知っていましたが、だからといって分館まで行くのも面倒だし。それでしばらく放棄。
そのうち前にネット利用登録したことを思い出しました。うん、たしかネットでも予約ができたような気がする。ただし大昔のことなのでパスワードなんか覚えてもいない。
某日、思い立ってカウンターでパスワード再申請。もらった仮PWを本PWに変更して、さっそく予約してみると、もう翌日には「届いてますよ」と連絡がありました。メール連絡にしておくと便利ですね。
「豊乳肥臀」は盧溝橋での衝突から始まります。おなじみ山東省高密県の村では抗日団が(いいかげんに)結成され、血気さかんな若い衆が立ち上がります。本格的に日中の戦争。しばらく英雄的、あるいは不細工なドンパチがあって、なんやかんやでそのうち日本は降伏。しかしその後は国共の内戦です。そして共産中国が誕生し、これもなんだかんだゴタゴタ愚行と悲惨があって、ようやく鄧小平による大変更。そして現在。
村の鍛冶屋の若嫁には7人の娘と末の双子(待望の男児+余計な女児)がいます。娘たちの名前がすごい。上から来弟、招弟、領弟、想弟・・・と延々と続く。いかに男児の誕生が待たれていたか。
ただし子供たちはみーんな夫の種ではない。はい、亭主は種なしなんです。でも鬼の姑は跡継ぎを産め!とひたすら嫁を苛めるもんで、仕方なくあちこちの男衆から種をもらう。ま、半分は復讐の気持ちもありますが。
で、育った姉妹は年頃になるとそれぞれ男をつかまえる。長姉は匪賊の頭目と、次姉は対日戦線の現地指導者と、つぎは共産軍の現地リーダー・・・。見事にバラバラ。
という具合に時代は流れ、次から次へと戦火と暴力で家は焼かれ、村人は死に、母親は子供たちのために必死で生きのびる。頼りになるべき末の男児はあいにく乳房フェチの変態で、長じるまで母乳以外の食物を拒否するという困ったやつ。
最後の3分の1くらいは正直、読むのがけっこう辛いです。姉妹の中には救いようのない不幸せな子もいます。努力と誠意は報われない。ロシア人に貰われた子、みんなのために芸者に身売りした子、迷惑かけないようにひっそり川に身を沈める盲目の子。
全体としてかなり歴史に沿ったリアルな内容です。発刊と同時に禁書になったのもよくわかりますね。よく著者が無事にいられた。莫言も一時はちょっと逮捕の覚悟をしたらしいですが。
経済解放で豊かになったはずなのに、実は誰もたいして幸せにはなっていない。あちこちで娘たちが産みっぱなしにした孫連中もたくさんいて、ブツクサ文句言いながら老いた母親(孫から見たら祖母)が苦労して育てたんですが、その孫連中、豊かになった新生中国でハッピーかというと、もちろん違う。誰も幸せにはなりません。カタルシスはほぼ皆無。
莫言、このところけっこう読みましたが、自分としては「転生夢現」がいちばん後味がよかったですね。その次は「白檀の刑」かな。
「転生夢現」は入れ代わり立ち代わりの動物主役エピソードでかなり笑えたし、「白檀の刑」はやはり能天気な民間歌謡劇の猫腔が効果的で犬肉屋の若女房が明るくていい。もちろん単純に明るい小説なんて、莫言が書くわけないですけど。残酷で笑えてホロリとさせる。良質の浪花節、名人上手の語る人情噺です。