「罪人を召し出せ」 ヒラリー・マンテル

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★★★ 早川書房

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原題は Bring up the Bodies。「引っ張ってこい」というような意味合いなんでしょうか。Bodiesには死体というふうな雰囲気もあるようです。よくわかりません。

もちろん「ウルフ・ホール」の続編です。前作はアン・ブーリンが念願かなってヘンリー8世の王妃となり女児誕生あたりで終わっていましたが、この本は新顔ジェーン・シーモアとアン・ブーリンの斬首まで。

ストーリーはすべてトマス・クロムウェルの視点で描かれています。鉄騎隊をひきいて戦い護国卿となったオリバー・クロムウェルの先祖ですね。名もない鍛冶屋の息子から身を起こしたクロムウェルはワイルドかつタフ、計算にたけて冷静かつ奸智の人物として描かれていて、非常に魅力的です。ちょっとスーパーマン過ぎるかな。

ただそのスーパーマン・クロムウェルも、権力の源はあくまでヘンリーだけにある。気まぐれで怒りっぽく、おまけに気弱。あまり頼りにならない、危うい源泉です。そんな君主のご機嫌をとりながら、なんとかうまく操縦し、政策を進めていかなければならない。読者はみんな、この本の数年後にクロムウェルがとつぜん失脚することを知っています。その緊張感が醍醐味でしょうね。

文体は気が利いていて、素晴らしいですね。好きです。ただし状況がコロコロ変化するので、ぼーっと読んでいると筋がわからなくなります。ていねいに読まないといけません。乾いているというか、センチメンタルな描写はほとんどない。

たとえば同じ時代を描いたフィリッパ・グレゴリーの「ブーリン家の姉妹」はメアリ・ブーリンを主人公にして、かなり売れたらしい小説ですが、そこでのメアリは悩める誠実な美女です。一族によって政略的にヘンリーに差し出された形ではあるものの、ヘンリーを愛している。これもこれなりに読める本ではありました。

もちろんヒラリー・マンテルの本では悲劇のヒロインなんていません。たしか前作でチョロっと顔を出したメアリ・ブーリンはそこそこ魅力的でコケティッシュな女でした。宮廷のカーテンの陰でクロムウェルにちょっかいかけていましたね。なんなら結婚してもいいのよ? 細かくは描かれてなかったけど、クロムウェルも少し動揺してたみたい。

ま、要するに信念の人もいない。感動の所信表明もない。みーんな弱点をかかえた人間で、ヘンリーが惚れているジェーン・シーモアだってたいして魅力的ではなく、気の利かない地味な娘。侍女たちもけっこう意地悪だし、廷臣たちもアホで傲慢で女にだらしなくてお金に困っている。ドラマチックな描き方もされていません。ロンドン塔に入れられたアン・ブーリンにしても、何を考えていたのかあやふや。なんかボーッとしているうちに首を斬られた。そもそも有罪だったのか無実だったのかも判然としない。

という具合で、なかなか面白かったです。そうそう、余計な話ですが、ブーリンの叔父にあたる大貴族ノーフォーク公、面白いキャラでしたね。アンの雲行きが危なくなると、サッと変わり身。アンの近親相姦裁判では喜んで裁判長をつとめます。

折りがあったら再読しようかなと思っています。新刊本でまっさらなのを図書館から借り出すことができたので、なんか得をしたような気分です。