この本は未読だったことに気がついて借り出し。閉架から出してもらった本なので、けっこう汚れていました。古くて、ページを繰った後は手を洗いたくなる。
サッと一読。海音寺さんのものとしては、あまり出来が良くないです。武田勝頼が重臣の離反でどんどんボロボロになっていく頃からストーリーが始まり、当時の幸村は17歳程度。お決まりパターンですが、通りすがりの武田の姫君に心ときめかせます。
で、シラミたかりの汚い異能の少年と邂逅。猿飛佐助を連想させる男の子です。三好清海入道、伊佐入道、穴山小助らしい連中も登場します。
才能はあるけど若くてまだ理想主義的な幸村、リアリストの兄信之、出来すぎの感もある重厚な策士昌幸。武田滅亡、信長支配下での生き残り、本能寺の変の後の対処、徳川・北条・上杉という三大勢力の狭間での身の処し方などなどがメインです。
で、徳川と北条が手打ちとなり、上杉が越後に引き上げていくあたりで上下巻はオシマイ。期間も短いし、佐助は活躍しすぎだし、昌幸は凄すぎるし。貧しい時代らしく、でかいオニギリを貪り食べるシーンはたくさん描かれます。美味そう。
海音寺さん、この続きを書く気はあったんだろうか。仮に書いても、たぶんあまり面白い小説にはならなかったと思います。
ついでですが、真田昌幸はやはり岳宏一郎「群雲、関ヶ原へ」での描き方が好きです。愛嬌もある喰えない田舎オヤジ。理性ではわかっちゃいるのに、この昌幸に馬鹿にされると若い秀忠なんかはカーッと頭に血がのぼる。おまけに、昌幸は天下制覇とか関東一円の盟主なんていう大それたことはまったく考えていない。せいぜいで信濃一国の領主程度。その程度が田舎領主の夢想の限界。
上田の饅頭店のオヤジが「オレの夢は長野県一の饅頭屋になることなんだ」と言うようなものですか。東京進出とか総合菓子製造なんて想像だにできない。
そうそう。海音寺もので食べ物がなんとも美味しそうだったのは、「天と地と」の冒頭あたり、謙信のオヤジの為景が縁側でイワシの糠干しをオカズに何杯も飯をワシワシと食うシーン。イワシも数本だけ食べて残りをネコに投げ与える。あのイワシはいかにも塩がきつそうで、美味そうでした。ん? イワシだっただろうな。まさかメザシではないような。