「胡蝶の夢」司馬遼太郎作

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★★ 新潮文庫

kochonoyume.jpg司馬遼太郎作作品、たいていは読んでいると思うんですが。これだけはなぜか読む機会がなかった。図書館に文庫4冊揃っていたので借り出し。

松本良順が一応は主役です。そのほかに関寛斎とか島倉伊之助(司馬凌海)が準主役でしょうか。本当のテーマは幕末の日本の医療というこになるんでしょうか。

松本良順という人、いろんな本にいろいろ出てきますが正直、あまり知識がなかった。なんとなく細身の闘士タイプのインテリかと想像していました。実際には「海坊主」とか「海賊の親分」みたいなタイプだったみたいですね。意外。

幕末の漢方医や蘭医の関係がよくわかります。ただしその蘭医も初期のシーボルト派、そのあとのポンペ派、さらにそのあとのウィリス(英国人)。それぞれ知識には年代による格差がある。まだコッホが細菌を発見する前の段階です。で、明治に入ってから英国派もドイツ派にひっくりかえされてしまう。なんせ科学の世界なんで、そこに政治的要素も加わってゴロゴロ急激に変化するわけです。

サブ主役の島倉伊之助という人、けっこう面白いですね。驚異の暗記力、語学力があったけれども人間関係を構築できない。人情の機微がわからない。会う人すべてに嫌われる。そのせいかどうか知りませんが、稼いだ金はすべて酒と女に使い果たす。最後はアホみたいな行動をとってあっけなく死ぬ。困った天才。

関寛斎という人の人生も興味深いです。とにかく名誉とか金になりそうな方向から必ず身を遠ざける。単に潔癖純粋というわけでもなく、財政関係の才能もあったらしい。けっこう人間臭さもあったはずなのに、順天堂から徳島へ行って藩医。戊辰戦役でも官軍サイドで活躍して、それからまた徳島に引っ込んで町医者。最後は北海道へ行って開墾する。そして最後はなぜか自死。悠々と死んだんじゃなく、なんか身内の金銭トラブルが原因だったらしい。かなりの高齢になってから死を選んだ。

人間の一生って、こうして上から眺めると不思議というか感慨のあるものです。上空から俯瞰できるのが時代小説の面白いところだと、たしか司馬遼太郎も言っていました。その時々、その人物が本当は何を思っていたのかは誰にもわからない。ただ文書に残った行動記録があり、あまり信憑性はないですが本人の書き記した意見とか他人が評したメモによって判断するしかない。

誰が幸せだったか不幸だったか、それも曖昧模糊。後世の人間が勝手に判断しているだけです。