「アラブ500年史 上」ユージン・ローガン

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★★★ 白水社
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かなり分厚い上下巻です。今回は上巻だけ借り出し。上巻は16世紀初頭、オスマントルコがマムルークのエジプトを撃破したシーンから始まります。これでオスマントルコが帝国らしくなり、それまでアラブに勢力をふるっていたエジプトが退潮した。ま、マムルーク朝はその後(1800年前後)、ナポレオンのエジプト遠征でトドメを刺されるわけなんですが。

これ以後のアラブ世界はオスマン帝国という大きな枠の中で生き続けることになります。アラブ世界といっても西はモロッコとかチェニジアとか、中程にはエジプト、南にアラビア半島、そしてシリア圏、イラク・・なんとも広大です。そのためインタンブールに近いシリアなんかはオスマン帝国の官僚制にしっかり支配されていたけれども、地中海西部なんかの遠隔地は緩やかな支配しかできなかった。日本だったら畿内と蝦夷地のような相違でしょうか。税金だけ収めてくれればその地の太守が勝手にやっててもいいよ、という地域がけっこうあった。

で、そのうちオスマンも動脈硬化で帝国支配がうまくいかなくなる。帝国が衰えてくると英国、フランスを筆頭にしてロシアもイタリアもみーんなでちょっかいかけ始める。出遅れたドイツも必死になって手を出す。オスマンの威信が衰えれば、当然のことながら各地の太守や豪族、有力一族は勝手に動きます。ただし本質はナョシナリズムというより、下克上という感じでしょうか。自分が権力を握りたい。自分たちの一族で地域を支配したい。

そし英国やフランスはぬけめなく、こうした地方豪族を支援したり相互に戦わせたりして自国の影響力をどんどん強めていく。オスマンの言うことなんか聞く必要ないぜとけしかける。もちろん本音はドサクサ紛れの植民地支配です。

しかしトルコ帝国の威信は西欧諸国が思ったより強かった。なんせ何百年も続いてるから、そう簡単には気分を変えられない。これも日本だったら戦国時代の天皇でしょう。みんな軽視はしてるけどその権威を完全に無視することはできない。で、各地のアラブの首長たちが夢想してたのは、あくまでオスマン支配という枠組みの中で、でも実質的な自分の国(というか支配地域)を確立すること。

そして第一次大戦のあたりで、それまでの矛盾が表面化します。もちろん悪役は英国とフランスですね。強欲な分割計画を立てて、ぶんどり合戦。地方首長たちは英仏の援助で独立を果たそうとする。英仏は影響力を強めて完全に支配しようとする。複雑怪奇なスッタモンダと嘘八百まき散らしの末、ほとんどの地方は列強に分割支配されてしまいます。おまけにパレスチナには不思議なユダヤ国家の設立。

ということで、戦後は中東戦争が必須です。なんとなく最初からユダヤ国家が作られたと思い込んでいましたが、当初はパレスチナ人と混じり合う形の植民計画だったんですね。もちろんこんな計画がスムーズにいくはずもなく、二枚舌で困り果てた結果、イスラエル国として国境線を引くことにした。ここからここまで、ここに住んでるパレスチナ人は移住しなさい。実はその国境を決めた委員会も、これでうまくいくなんて思っていない。困ったことになるだろうな・・と思ってたけど、もう知るか。勝手にしろ

その「勝手にしろ」の結果が第一中東戦争です。イスラエル構想がそもそも矛盾のカタマリなんで、戦争で決着つけるしか方法はない。しかしいざ戦争になると意外や意外、イスラエルが強かった。大戦中にテロ活動をしっかりやってたし資金もあって武器弾薬をたっぷり持っていた。兵士も訓練ができていた。大戦中、英仏の好意で独立させてもらおうと、なるべく大人しくしていたアラブ各国は用意が調わずさんざんの敗北。おまけにアラブも一枚岩ではなく、それぞれの首長が思惑で動く。

ということで、新生イスラエルは「いまがチャンス!」と国境を拡大してパレスチナ住民を追い出します。その流れがいまに続いてるわけですね。もうどうにもならん。

いまの中東問題、要するに解決策なんてないですね。実際的には、欧米諸国がすべて武器輸出をストップする。そしてそれぞれ、勝手にしなさい!と放任する。剣と棍棒とせいぜい小銃で争っていただく。そのうちどこかがどこかを制圧して終わりになるでしょう。中世方式です。いちばん人的被害の少ない道筋はこれしかないだろうと思います。

いまのイスラム国なんてのも、人道うんぬんという立場を捨てれば、それなりに正しい筋道だと思います。欧米の思惑とは関係なく、アラブ人がアラブのことを決めようとしている。血が流れようが、奴隷制だろうが知ったことか。ただし連中に武器は絶対に売るべからず。しかし残念なことに石油という要因があるんで、難しい。困ったもんじゃ。

読みやすい本の上巻だけですが、実際にはけっこう時間がかかりました。