「草原の風」宮城谷昌光

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★★★ 中央公論新社
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後漢の光武帝が主人公です。劉秀。若い頃はさして欲もなく「仕官当作執金吾 娶妻当得陰麗華」と呟いたとか。官につくなら執金吾、妻をめとるなら陰麗華。この有名なセリフ、なぜか曹操が言ったとばっかり思っていました。どこで混同したのだろう。

ことほど左様に、光武帝のことを(自分は)ほとんど知りません。あんまり小説もないようですね。安定感のある宮城谷が書いているんならそこそこ読めるだろうと借り出した次第です。

なるほど。いわゆるデキスギ君なんだ。兄は野心タイプだったけれども弟の劉秀は人格円満、英雄型の人間ではなく、かなり地味。その代わり信用はあった。劉家末裔の豪族であることは確かですが、たいして富もなかった。

王莽の時代が長く続かないだろうという雰囲気は広くあったんでしょう。きっと世は乱れるだろう。乱れるだろうといったって、真っ先に反乱を起こすのは危険すぎます。全国各地、野望をもった連中はじっーと様子を見ていた。

で、各地でいろいろあってついに兄が復漢の旗をあげる。そのへん(湖北)の一族もいっしょに立ち上がって、劉秀ももちろん協力する。で、予想外なことに、地味な劉秀はなぜか戦争の天才だったんですね。戦えば勝つ。大軍を相手にした絶望的な戦闘でも寡兵の劉秀は突破する。そしてある程度のテリトリーを占有した時点で、なぜか兄ではなく一族の凡庸な他の劉さんが皇帝として推挙される。えーと、更始帝です。あんまり能力のないほうがシャッポとして頂きやすい。そういう反乱軍有力武将たちの判断らしいです。

で、当然のことながら更始帝一派にとって劉秀の兄は邪魔者です。なんくせつけて殺される。兄を殺されても劉秀は恨んだりする素振りもみせず、ひたすら隠忍。たぶん、たいして害になるような人物ではないと見られたんでしょうね。そのうち将軍とし河北へ派遣されて、いわば虎が野に放たれた形です。あとは(時間はかかったけど)一直線の道のり。有力反乱軍の赤眉が長安にせめこんで、更始帝は殺される。ガタガタしているところへ力を蓄えた劉秀が乗り込む。一族の皇帝を自分の手で弑せずにすんだ。こうして光武帝の全国制覇(まだ多少は未帰属はあったけど)。

そうそう。「妻を娶らば陰麗華」の陰麗華は奥さんになっています。18歳で迎えられたと書いてありました。当時としてはほとんどオールドミスです。信じて待ったんでしょうね。あいにく政治的理由から光武帝の皇后はすでに決まっていたけれど、これもしばらく我慢した後にめでたく立后。産んだ子供も二代目の皇帝になった。

えーと、なるほど。後漢は200年くらい続いたのか。

この小説、なかなか面白かったですが、どうも劉秀というキャラクターは難しそうでした。人格円満すぎて特徴がない。たとえば北では逃避行するとか、北方の有力者のご機嫌をとるため、有力者の姪を皇后にするとか、けっこう政治的な行動も実はとってるんですが、そのへんを宮城谷昌光はあまり詳しく書いてくれない。おまけに戦闘や攻城でも、なぜか劉秀の判断はピタピタ当たる。まるで天才みたいです。ま、天才だったんでしょうけど。

なんかの記事に、後漢の皇帝はみんな若死にしたと書いてありました。血筋でしょうか。皇帝が幼いから外戚が力を持つ。対抗して宦官も力を持って抗争する。後漢の宿痾です。