「日の名残り」カズオ イシグロ

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★★★ 早川書房
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カズオイシグロは初読。名前だけは知っていましたが、本棚に積んであったのを家人に勧められて手にとってみました。

なるほど。時代は第二次大戦前後、古き良き英国のお話ですね。ただ何が「古き良き」なのかというと、ちょっと難しい。見方を変えれば陳腐で鼻持ちならない貴族趣味というか、大きな貴族館の主人とその忠実な執事のお話です。

訳文に雰囲気あります。まるでビクトリア朝かと思わせるような古くさい言い回しを、そんなに気にならないように訳してくれている。土屋政雄という訳者ですか。ためしに検索してみたら「コールドマウンテン」の訳もこの人でした。記憶はおぼろですが雰囲気ある小説だったような。南北戦争あたりの南部が舞台だったかな。

で、「日の名残り」。主人公はドラマや映画で描かれる「典型的な英国の執事」を体現したような男です。常に執事としての品格を大切にし、主人のために尽くし、それをプライドに生きてきた。しかし自分の人生も残り少なくなってから、ふと微かな疑問をいだき始める。これでよかったのだろうか。そうした思い出の折節に、なんとなく自分に好意を寄せていたような気のする女中頭の記憶が浮かびあがる。女中頭は戦争前、結婚のために退職し、その結婚も決して幸せではないような雰囲気でした。

ということで館の持ち主も変わった戦後のある日、執事はご米国人の主人の車を貸してもらって、その元女中頭が暮らす町へと道をたどります。あくまでタテマエは「彼女に会って、元の仕事に復帰してくれないか頼んでみる」という用件です。ただ明確に言及されていませんが、彼女は執事を暖かく歓迎してくれて、ひょっとしたらもっと密接な関係になるかもしれない。そんなうっすらとした期待感が漂います。

ただ、自分はむしろ逆に読んでいました。女中頭に会えても、非難されるんじゃないか。あの時の私の気持ちを受け入れてくれなかったじゃないの!と難詰される。執事ってのが、仕事一筋、かなり無理して非人間的に生きてきた人ですから。

実際の小説の結末はちょっと意外でした。なるほど、そういう形にしたのか。それはそれで悪くはない。現実の人生はけっしてドラマチックなものではない。ひたすら平凡、なにもない。何も起きない。

数ページずつ読んできたため、読了までずいぶん時間がかかってしまいました。ま、そういうふうに読むのも悪くはない本です。