ということで番勝負に勝ったのはいいんですが、なんか昔の切れ味がなかったような。他の公式戦でも最近は負けが多いので、たぶんトータルとしては不調なんでしょうね、きっと。
負けて高額賞金タイトルを1期で失ったのは糸谷哲郎という棋士。うーん、敗勢になってもよく粘ります。ボロボロになって入玉はしたものの、大駒をすべて失っているので、点数計算では負け確実。ようするにまだ完全に負けてはいないけど「素人相手ならともかくプロ相手で逆転は99.9パーセント不可能」という状況になった。あとはダラダラと希望のない手順をすすめることで負けが確定する。
しかし糸谷竜王、なかなか「負けました」を言わない。ギリギリまで粘って、時間切れ寸前5秒前になるととっさに延命の無駄手を指し、また1分の考慮時間を確保して、それもまた切れる寸前になって、とうとう「負けました」と頭を下げました。
通常、棋士はこんなクソ粘りをしません。みっともない。恥ずかしい。短刀一本もって洞穴に逃げ込んだけど、周囲には機銃をもった敵の小隊が囲んでいる。絶体絶命。それでも敵兵にむかって持っている短刀をエイ!と投げるようなもんです。投げたって相手にかすりもしない。
でもある意味、かえって清々しいのかもしれませんね。本人なりの美学。そういえば馬に歌をうたわせるというお話がありました。捕らえられて首を切られることになった泥棒が「1年の猶予をもらえれば馬に歌をうたわせます」と慈悲を乞う。「面白い、やってみよ。失敗したらもちろん処刑じゃ」と皇帝。厩舎係になった泥棒は夕方になると、馬の世話をしながら低い声で歌を教えます。毎晩々々うたいます。厩舎の仲間が不思議に思って聞きます。「なに無駄なことやってるんだ。馬が歌をうたえるわけないだろうに」
「いや、1年の間には何が起きるかわからない。皇帝が死ぬかもしれない。気が変わるかもしれない。大地震で国が滅びるかもしれない。なにより、ひょっとしたら馬が歌を覚えるかもしれないぞ」
ま、そういうことなんでしょうね。何があるかわからない。カフカかな。それともアラビアンナイトかな。記憶に自信なし。夕闇せまる厩舎から細い歌声がきこえるという情景がきれいで、なんとなく覚えていました。
ちなみに「入玉」とは、お互いの王がどんどん進んで相手の陣地(3段以内)に入ることです。こうなると、どちらも歩など安い駒で次々と成り金を作り、王の周囲をガチガチに守ることができる。もう決着つけるのは不可能。そのため「入玉」になると、その時点で持ち駒の点数を計算して多い方が勝ち。飛車とか角など大駒は点数が高いので非常に有利になります。
図は実際の終局の一手前の状態です。後手が歩をついてますが、まったく意味のない時間稼ぎ手です。
先手は龍や馬など大駒を使って敵陣の浮いている駒をすべてとりはらい、それからゆっくり入玉すれば勝ち。手数はかかりますが確実です。