「西太后秘録」ユン・チアン

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★★★ 講談社
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ユン・チアンは数十年前ベストセラーになった「ワイルド・スワン」の著者です。清末から改革開放時代まで混乱の中国三代の女性を描いた本でした。たしか祖母が軍閥首領の妾、母が党員、自分は紅衛兵だったかな。

で、この本のテーマは西太后です。たいていの場合は清を混乱に導いたワガママ女、則天武后に匹敵する残忍というふうに描かれることが多いです。こうなると反対の立場から見たくもなるわけで、浅田次郎の「蒼穹の昴」なんかでは、逆に妙に善い人にしてしまって、訳のわからないものになってました。養子である光緒帝にたいする「愛情」とかなんとか、変なコジツケ。

比べると「西太后秘録」の西太后は比較的まっとうです。北京を逃げる際には珍妃を井戸に放り込ませるし、死を覚悟すると光緒帝に毒を盛る。義和団の乱ではミスして反乱側に乗ってしまう。けっこう失敗もしています。しかし全体としては硬直した政治をなんとかしようと努力した。北洋艦隊の予算を流用はしたけど、それほど多額でもなかった。国家を強くするため、果断に改革も実行した。

果断というのは少し違うかな。著者によると、西太后は辛抱強かったらしい。コトを荒立てないように、ジワジワとゆっくり進める。自分に楯突いた政治家でも簡単に殺したりはしないで、閑職に追いやった。主観的には慈悲深い・・というべきなんでしょうかね。かなり卓越した政治家です。

ちなみに「戊戌の変法」の推進者といれわている康有為や梁啓超に対してはかなりきつく書いています。野狐とか、日本のスパイとか。もちろん日本の伊藤博文に対しても厳しい。描かれている日本は明確な意志をもって中国進出を計画してる信用できない国家。ま、清の立場からすればそうか。

それにしても代々の皇帝が揃いも揃って役にたたない。ま、がんじがらめの儒教文化と固陋な宮中システムのせいでしょうね。子供のうちはとにかく女(官女)と宦官(下僕)と爺さん(師)しか顔を見ることがない。皇帝の前ではいかなる者も座ることは許されない。立つかひざまづくか。うっかり立ったまま喋ってしまった通訳がいたけど、手ひどく罰せられたようです。

そうそう、義和団絡みで北京から西安への脱出。西太后も光緒帝も雨の中寒さに震えながらボロボロで逃げた。しかしそんな際でも、次の宿泊予定地の県長にはマニュアル通りの通達が届いている。着るものはナントカカントカで生地は絹のナンカトカで食事は満漢全席で・・・。ムチャです。

県長、指示を受け取らなかったことにしようかとも思ったけど、それでも食えるものをかき集めて鍋3つ分の粥を作らせた。作らせたけど、あっというまに飢えた兵士たちに食われてしまった。鍋ひとつ分だけは必死で守ったそうです。箸がなかったので光緒帝はキビかなんかを削って使った。

ついでですが、西太后は「タマゴが食べたい」と言い出した。これまた県長が指示して、なんとか民家から5コ集めた。茹でたのを西太后が3つ食べたそうです。残った2つは光緒帝にまわした。寒い・・と言うので、仕方なく県長の母のものだった古着を着せた。西太后が漢服を着たのはたぶんこれが最初にして最後。こういう細かい部分がなんとも面白いです。