フランス革命を描くとき、どうしてもパリが中心になります。しかし実際には、フランスはパリだけでなく、地方都市もあるし田舎もある。ということでロワール川下流の都市ナントで暮らす貴族やブルジョワ、庶民はどう受け止めたのか。激動をどう生き延びたか。
ま、そういう設定で、しっかり調べ上げた小説です。しかし皆川博子ですから中身はドロドロ、ネチネチした濃厚な文体とストーリーで話は進みます。上巻の舞台はナント、下巻は主としてロンドンかな。
ちなみに「クロコダイル」はワニ。なんというかメタファーとして登場するワニ(実態があるものも、ないもの)はやたら出てくるんだけど、それがいまいち明確ではない。おまけに成功しているような気もしない。訳のわからないワニなんて存在しなくてもいいのに、著者はえらくワニにこだわっている。
そうそう。たぶんロベスピエールの仲間だったらしいジャン=バティスト・カリエという人物、初めて知りました。パリからナントに派遣されて革命委員会を組織、強大な権力を持っていたらしい。不満分子を片っ端から逮捕してさっさと処刑する。とくにナントの周辺は王党派が軍団を組織して激しい戦闘になり(ヴァンデの乱=これも初耳)、大量の捕虜の始末に困ってボロ船に乗せてロワール川に沈めるという案をひねりだしたのがジャン・カリエ。
収容する牢獄もないし、ギロチンはけっこう手間がかかるし、銃殺は弾丸がもったいない。川に沈めるのがいちばん手っとり早い。最初のうちは隠匿していたけど、最後の方はおおっぴらだったらしい。数千人を沈めた。さすがに後日、問題になったようです。「共和国の結婚」とも称され、男女を裸にむいて抱き合わせて縛って放り込んだという説もありますが、さすがにこの真偽は怪しい。
ついでですが、悪名高い秘密警察のジョセフ・フーシェもやはりナントの出身です。フーシェって、高校生のころにたしかツヴァイクの伝記もので読んで、しっかり記憶に残りました。革命期の怪物ですね。激動の時代の生き残りの達人。ナントって、けっこう有名人を生んでいる。だいぶ前に家内といっしょにロワール地方の城を巡ったことはあったけど、せいぜいトゥールまで。ナントまでは行けなかった。
で、上下巻を読み終えての実感。本筋とは無関係ですが、この時代のフランスや英国に生きた貧民でなくてよかった。ほんと、貧しそう。飢えていそう。痛そう。寒そう。凍えそう。比較的最近、18世紀から19世紀の英仏なんですけどね。アジアやアフリカはもっと大変だったんだろうし。人類の歴史、庶民が生きることは常に厳しかった。