「地政学で読む世界覇権2030」ピーター・ゼイハン

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★★★ 東洋経済新報社
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2030年、世界がどうなっているかという内容です。著者はなんか有名なシンクタンクのお偉いさんだったらしい。よく知りませんけど。

で「地政学」という言葉が入っているように、世界の国々をまず地理的・地勢的にながめる。すると発展すべき国家、発展の難しい国家というものは最初から決まっているんだそうです。

たとえば古くはエジプト。これはナイル川の賜物です。定期的に洪水が発生して豊かな土壌が蓄積する。乾季の水の手当てさえできれば豊かになれる保障付き。しかし東西南北、自然の障壁に囲まれている。南は山、西は砂漠、東はシナイの乾燥地、北は海。どこからも侵攻されない。したがってこの範囲の中でやっていく分には楽園になりうる。

もう一つ、交通というインフラがあるのが大きい。流れのゆったりしたナイル川ですね。背中に荷物かついでエンヤコラ運ぶことに比べると、水上の運輸は信じられないくらい効率がいい。流通は至便だし、民衆を管理するにも便利。ま、エジプトはそういう立地だから文明を開花されることができた。その他の「文明発祥地」も多かれ少なかれ、そうした立地に恵まれていた。

しかし、情勢が変わる。侵攻されないのがメリットだったのに、ラクダを使った兵士とか船に乗った軍勢が登場すると、もうダメです。シナイ半島を通過することのできた外国軍にとって、エジプトはほんと、無防備。あっさり独立を失ってしまう。

スペインやポルトガル、英国が世界中を占領したのも同じような理由です。なまじ辺境で、外洋に面していたため、大型の帆船が発明されると一気に力をつけた。大洋そのものが巨大な河川、交通ルートです。それまでのガレー船の地中海勢を無視して外に羽ばたいた。

以上をあっさりまとめると一国が発展するためには
(1)効率のいい交通手段
(2)拡大しやすく侵攻されにくい地形
(3)豊かな食料や資源
が必須ということになるでしょうか。

で、なんやかんや。実はアメリカほど恵まれた土地はないそうです。ほとんど無限に広大な土地。豊かな資源。航行可能な無数の川が水上交通の便利を保障してくれる(こんなに好条件な配置で川が流れている国はないらしい)。ついでに外から流入してくる膨大な労働人口。特に若年人口が多いのがアメリカの特徴です。

つまり発展の条件はもう一つ
(4) 十分な労働人口、健全な人口ピラミッド。
です。

というわけで、世界中でいちばん恵まれた国がアメリカ。食料にしても資源にしても、たいていは国内でまかなえる。それどころか輸出も可能。なんとなく原油の輸入国というイメージがありますが、実は中東に頼っている部分なんてたいして多くはなかった。おまけにシェールガスというものが登場して状況は逆転。これでアメリカはほぼ完璧になった。そして国境も北はカナダで南はメキシコ。カリブ海は自分の海のようなものなので、攻めてくる国なんてない。

その完璧なアメリカはなぜ世界の警察の役目を果たしているのか。実はここがいちばんの疑問点で、著者によると「必要もないのにしゃしゃり出た」。ブレトンウッズ体制というのは金融が基本ですが、広い意味では「米国が世界中の平和を維持。船舶の安全航行と輸出入を保障」というもの。第二次大戦の後、それまでの常識では米国が圧政を敷いて世界帝国として君臨しても不思議はなかったのに、なぜか「オレ、領土は欲しくない。金、貸してあげる。みんなの安全を守ってやるぜ」と宣言した。

アメリカが世界の警察として巡邏してくれたので、多くの国は自前の軍隊に大きな予算を割く必要がなくなり、経済活動に専念でき、おかげである程度は繁栄できた。非常に珍しいケースの平和の時代だった。アメリカさまのおかげです。

しかしそんなお人好しのアメリカも、そのうち内向きになる。他の国のことなんか放置しておこうぜ。世界と貿易する必要もあまりないし、自分の国のことだけ考えたほうが賢明だよな。もう世界中を守る義務はない。軍事予算は縮小するけど(たまに)気が向くと出動する権利だけは留保しておこう。

ま、ちょうど今のトランプですね。内向き政治。アメリカファーストが始まる。

するとどうなるか。ほとんどの国が一気に貧しくなり、混乱します。行き来する船舶の安全は誰も保障しないので、自前で守るしかない。小さな紛争や戦争も発生するでしょう。しかしアメリカは原則として介入しない。結果的にアメリカだけが栄え、中国もロシアもヨーロッパ諸国もみーんな低迷する。世界中がすべて貧しくなる。場合によっては分裂する。

主要な国、それぞれの個別ケースも分析していますが、
・中国はそもそも統一国家であることが難しい地勢。分裂する
・ロシアは長大な国境を守りきれず、たぶんボロボロになる
・ドイツも位置的に繁栄し続けるのが難しい
・欧州では唯一フランスだけが少しは希望がある
・スウェーデンはやり方しだいではバルト海の盟主として生き残る
・サウジアラビアは問題外
・トルコはひょっとしたら頑張れるかもしれない(ロシア次第)
・カナダは分裂する。メキシコは衰退

日本は基本的に好戦的な海洋国家であり、強大な海軍を持っている。しかし東南アジアへの進出は難しいのでたぶんカラフト、旧満州に進出する可能性が高いそうです。

けっこう独断と決めつけが多い本とは思いますが、けっこう正鵠を射ているような気もします。

繰り返すと繁栄の条件は4つ。
(1)効率のいい交通手段
(2)拡大しやすく侵攻されにくい地形
(3)豊かな食料や資源
(4)十分な労働人口、健全な人口ピラミッド。


日本は(1)と(2)に当てはまるものの、(3)と(4)では落第生。アメリカが完全に内向きになった場合、どうしたら生き延びることができるのか。なんか「とにかくアメリカに擦り寄っておいたほうがいいよ」というのが、著者の結論みたいですが、はて。