「太平洋の試練 ガダルカナルからサイパン陥落まで」イアン・トール

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★★★ 文藝春秋

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以前読んだ「真珠湾からミッドウェイまで」の続編です。

ミッドウェイ作戦は暗号が解読されていて、南雲機動部隊が罠にすっぽり嵌まってしまった。それは有名ですが、その暗号解読チームというのがハリウッド映画のハッカー集団みたいな連中で、べらぼーに品がない。おまけに「次はミッドウェーだ」と言い張ったけど、さして根拠のある分析ともいえなかった。ミッドウェーという結論にも導けたし、そうではないと言い張ることもできた。ま、その程度のものだったと著者は書いています。ハッタリ要素が強く、いかにもアメリカ。

ともあれ日本海軍はミッドウェー戦で虎の子の空母を4隻失う。これで早期講和の目論見が完全に消えたわけで、以後の山本長官が何を考えていたのか不明。きちんと礼服を着てひたすら出陣を見送りしている姿が見受けられたとか。それぐらいしかすることがなかったのかな。

というのが前編でした。そして後編の本書はガダルカナルから始まります。

ガダルカナル、もちろん漠然とは知っていました。じつは田舎の生家の蔵の中に叔父たちの遺影がしまってあった。一般的なサイズかどうか知りませんが、かなり大きな額に入っています。高さが60cmか70cmくらいはあった記憶があります。修正も入っていたんでしょうが、生真面目そうな綺麗な写真でした。2枚あって一人はガダルカナル、もう一人は中支だったか北支だったの没。

(関係ない話ですが、使用の仮名漢字変換ソフトでは、中支も北支も出てきません。それより何より「支那」も候補にあがらない。候補にのらないってことは、使うべからずなんですかね。「中国を使いましょう」ということと「支那は使えません」では、ちょっと趣旨性格が異なります。文句たれたれだとまるでシンタロみたいだけど、気分は理解できる)

それはともかく。なぜガダルカナルだったのか。乱暴にいうと米海軍トップであるキング提督の反攻作戦「ウォッチタワー作戦」のカナメになったのがガダルカナルだった。もちろんキングの天敵であるマッカーサーは大反対したみたいですが。マッカーサーってのは、自分が主役でフィリピンに凱旋するんでない限り必ず反対する。

ザッというと日本がニューギニアのポートモレスビー侵攻にてこずっているのを見て、ソロモン諸島ガダルカナル(ちょうど日本軍が飛行場建設していた)にクサビを打ち込もうという作戦です。ここに拠点をつくれば米国と豪州の連絡路が確保できる。またここを扇のカナメにしてラバウルにも行けるし(行かなかったけど)、いかようにも北西方向へ展開可能。

米海兵師団が主役になったのはこれが最初かな。上陸艇でいっきに乗り上げた。それに対して日本側はどうも過少視していたようで、陸軍を増援したけど一気にではなくて少しずつ少しずつ。また遠くラバウルから連日編隊が飛来しては爆撃、日本の艦隊も駆けつけて何回もドンパチ海戦やるんだけど、どうもうまくいかない。

実は最初のうち、米海兵隊もかなり苦労したようです。しかし日本軍はもっと苦労した。たとえ同じ消耗苦労であっても、日本側の情勢はだんだん悪化する。米軍はと少しずつ改善される。この違いがだんだん大きくなるんですね。ジャングルに逃げ込んだ兵隊に食うものを届けようと日本の輸送船団が頑張ったけど、これもべらぼうに効率が悪くて、最後のほうでは食料入れたタルを縄でつないで夜中に海に投入して逃げるしかない状況。悪いけどこれを回収してくれ!(もちろん泳いで回収)です。

無残ですが責めるわけにはいかない。日本の輸送船なんて次々バタバタ沈められる状況だったわけです。ちょっと島の近くに長居しているとたちまち空から襲撃をくらう。海中からも魚雷をくらう。

日本の潜水艦も頑張ったけど、彼らは米軍の巡洋艦や駆逐艦をつぶすことにやっきになっていたんで、輸送船なんてほとんど無視していた。それに対して米軍の潜水艦はせっせと日本の輸送船を狙った。とくに油送船は絶好の獲物。こうやって日がすぎると、日本軍は飢える。物資燃料に欠乏する。おまけに無敵だったはずの航空機の優越性がいつのまにかなくなっていて、ラバウルから飛来したゼロ戦も簡単に火を噴くようになっている。特にグラマンヘルキャットが一線に投入されるようになってから、ゼロ戦の消耗率が一気に増した。

いろいろありますが、ガダルカナルを失ってからの状況は悪化の一途だったようです。ソロモン諸島の次はギルバート諸島タラワ、マーシャル諸島、そしてトラック、サイパン。あらためて確認してみたらサイパンのすぐ南がテニアン、そしてグアムと3島はつながっているんですね。テニアンはB-29の発進基地です。そしてこの群島の北というともう硫黄島になってしまう。玄関口。

北太平洋の戦いになると、もう日本の航空機は悲惨です。機体もないし、なにより搭乗者がいない。粗製濫造で一回も機銃掃射の訓練をしたことがないまま実戦投入のパイロットがたくさんいた。空母への着艦失敗で墜落する連中も多かったし、ようやく投入されはじめた新鋭機体は未熟練操縦士にとっては過大性能で、操縦ミスが多発した。

連合艦隊はまだ最後の艦隊決戦を夢想していたようですが、哀しいことにこれまで輸送を軽視したツケがまわって、肝心の燃料がない。大和も武蔵も、めったに動けないという状況になってしまった。

感じたことをいいかげんにメモすると
・米軍も陸海軍、提督将軍間のアツレキや競争は多かった。日本と同じようなもの
どちらにも勘違いや失敗はあったが、米軍のほうがまだしも柔軟性があり、なんとか修正に成功した。
どちらも損失は大きかったが、米軍は補ってなお余力があり、日本軍は補うことができなかった。つまり消耗戦モードになったらオシマイ。
日本軍の補給軽視の伝統。日本輸送船団は米潜水艦の目標となり、末期には原油輸送ゼロという事態。
日本の人命軽視の伝統。防護の弱い航空機は簡単に火を噴き、しかも操縦士の回収率が低い。また火のついた軍艦は消火が困難でたやすく沈没
・初期のパイロットは少数精鋭にしすぎた。この精鋭がいなくなると補充が困難で一気にレベルダウン(劣化しすぎ)。要するに操縦士育成の長期的展望がなかった。

ということで、読み終えると哀しいものがあります。