★★★ 日本放送出版協会
先日読んだ「日本史を読む」で、確か山崎正和がいい本だと褒めていたのがこの「電子立国日本の自叙伝」。山崎正和や丸谷才一に似合わない分野という感じもありますが、ああいう人たちはたぶん何だって読んでしまうんでしょう。
このテレビ放送ははるかン十年前、楽しみに見た記憶があります。NHKって、ひどい番組もいっぱい作りますが、いいものも作るときは作る。そうそう。同じドキュメンタリーシリーズでは「人間は何を食べてきたか」も良かったですね(惚れ込んだスタジオジブリが後になって権利を買い取ったらしい。知らなかった)。
で、その半導体ドキュメンタリーをノベライズしたのが本書。これもNHKがよくやるテで、本の販売まで含めて収支採算になる。プロデューサは必死なんで、ただ働きでもなんでもやります。で、上中下にオマケまでついて全4巻。正直、長いです。
技術屋さんたちの人間ドラマの部分はわかりやすいですが、ICやチップ製造絡みの技術部分はやはり難しいですね。P型とN型がどうたら・・と最初のうちは理解しようと努力しますが、だんだん付いていけなくなる。ま、仕方ない。わからん部分はとばすしかないです。要するに貧しかった戦後日本、必死に頑張った。みっともないくらいに頑張った。通産省の役人も(役人だから石頭で邪魔もしたけど)彼らなりに日本再興にむけて努力した。
自分は戦後生まれですが、まだ貧しさがたっぷり残った少年時代だったので、そうした日本の惨めさとか劣等感の感覚はわかります。1ドルは360円。外貨割り当て。世界の三等国。ん、四等国だったかな。見栄はって宗谷で南極へ行っても氷に閉じ込められ、ソ連と米国の砕氷船に助けてもらう。宗谷、つい前までお台場につながれていましたが、ほんと、小さな船です。まだ船の科学館にいるのかな。太平洋戦争生き残りのボロ船が南極船になった。
当時は海外から何かを買おうとしてもなかなか許可がもらえない。本の中でも、配線用の金を輸入しようとして役人に邪魔される話があります。貴重な外貨をそんな奢侈品に使うのか!という理屈ですね。あるいは日本のメーカーが何かすごい発明しても、信じてもらえない。日本人にそんな優れたものを作れるわけがない。同じ日本人がそう決めつける。
登場する技術屋たちはみんな「面白いから」必死に仕事をした。あるいは「責任感」と「生き残り」のために努力した。馬車馬のようにはげんでいて、ふと気がついたら先頭を走っていた。
米国あたりの観点では、 日本は悪名高き通産省主導、護送船団のようにしてIC産業を育てていった、という見方をしますね。カメラを下げた出っ歯でメガネのエンジニアたちが大挙してやってきて、ごっそり盗んでいく。すぐさまコピーして大量生産する。それをバックアップしているのは強い意志をもった狡猾な政府・通産省。シンプルですごく納得しやすい考え方ですが、ま、日本政府がそんなに賢くて、官民の行動がシンプルなわけがない。もっとゴタゴタやっていたら、いつのまにかそうなったというのが真相でしょう。
日本人には創造力がない。なんでもコピーばっかりだ!と非難されると、正直ちょっとムッとします。そんなにコピーが簡単なら、誰だってみんなしてら。模倣は難しいんだぞ。
しかし本当にゼロから発明・開発されたものが少ないというのも否定できない事実。東北大で有名だった西沢センセなんかもそういう説らしい。ただしそれは日本人技術者の問題なのか、それとも風土、企業の問題なのか。ある技術者が画期的な何か作っても、みんなそれを育てようとしない。むしろ阻害しようとする。個人を嫌う。集団主義。出るクギを叩く。飛び抜けた存在を排除しようとする。
だから何十人ものエンジニアをずーっとインタビュー。しかし「それは誰のアイディアでしたか」と聞いても、明確な返事が返ることはまずなかったようです。「いや、みんなで考えた」という返事になる。せいぜいで「たぶん課長が推進した」「部長でしょうね」という程度。米国は正反対で「あれはジョンがやった」「こっちはオレが考えた」と明瞭に断言する。下手すると人の手柄まで獲ろうとする。
だから日本ではシンプルなD-RAM生産なんかがすごく得意。ひたすら工夫と改良で精度をあげて商売した。同じ頃に米国では、新しい発想が必要でもっと付加価値のあるシステムLSI設計の方向へ行った。日本はメモリを作り、米国はシステムを作る。もちろん日本の方向も当時としては正解だったんでしょうが、今では台湾や韓国に後追いされ、追い越されてしまった。日本だけの強みを維持することができなかったわけです。
今も東芝のフラッシュメモリをどこへ売るか、ガタガタしてますね。要するに東芝と日本はフラッシュメモリという独自技術を大切に育てることができなかった(韓国へ売ったんだっけ)。関係ないですが、今回の政府肝入り3社共同ナントカカントカ売却案、たぶんうまくいきません。政府+共同。典型的な失敗の要素が二つもかさなっている。