2017年に読んだ本

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ザッと検索をかけてみたら、今年は★★★★が4冊もあった。これだけでは少ないので、★★★の中からも一冊抜き出し。今年は記事数41。もちろん他にも読んではいますが、メガネが合わなくなったせいか読書時間が激減した印象です。


父を見送る」 龍應台

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著者は台湾のベストセラー作家らしく、台北市の文化局長なんかにもなっている様子。年齢は違うものの日本だったら曽野綾子みたいな立ち位置かな。

エッセー集です。テーマに共通しているのは「別れ」でしょうか。息子の親離れ、母の老い、父との死別。センチメンタルになりそうな話題ではあるものの、割合サラリとしている。ユーモアもある。ベタベタしていない。しかし情感がある。

父は国共内戦で台湾へ逃げてきて、この地で苦労して暮らしをたてる。子供たちに教育を与え、育った子供たちは医師になり、商人になり、作家になる。すっかり台湾に根をおろしたように見える一家だけど、でも父の心のルーツはまだ本土にあるんですね。故郷につながっている。死後は本土の郷里に戻してもらって田舎の親族たちに回向してもらう。

舞台は台湾だけでなく香港だったりドイツだったり。オシャレだった母もだんだん衰えていく。いつのまにか自分は母をいたわる立場になっている。それどころか、がんぜない子供たちは気がつくと自分の背丈を越え、もう大人。逆に保護される立場になっていることに気付く。

日本人だろうが、台湾人だろうが、ドイツ人だろうが、みーんな同じ。ごく普遍的な一人の女性の身辺雑記です。ごく平凡な気持ちのゆらぎや感動をメモしただけのエッセー。でも、非常にさわやか。読後感のいい本でした。


昭和史裁判」 半藤一利 加藤陽子

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太平洋戦争の真の責任者は誰だったのだろうというテーマで、半藤ジイさんと歴史学者のオバはん(言い過ぎかな。けっこう若い)が適当に座談。槍玉に上がったのは広田弘毅、近衛文麿、松岡洋右、木戸幸一の4人とオマケで天皇。あっ、軍人はいれません。いれたら収拾がつかなくなる。

これが意外や意外で面白い本でした。記憶だけですが、まず広田弘毅は役立たずの印象。城山三郎が小説でちょっと贔屓しすぎた。近衛文麿は定説通りで非常に困った人。松岡洋右は性格悪いので嫌われるけど、それほど責任はない。木戸幸一はヌエみたいで正体不明。ひょっとしたらいちばんの元凶だったかもしれない。

ま、そんなことより、軍人も政治家も役人(とくに外務省)も、みーんな勝手なことを考えてつっ走った。臆病だったり強欲だったり。その結果が12月8日。もちろん新聞も非常に責任があります。無思慮に騒いだ国民庶民も「騙された」なんて口をぬぐうわけにはいかない。

みーんなアホだった。根性がなかった。悪かった。よくあるSFですが、過去に旅行して誰かを消せば歴史が変わるなんていう単純なものじゃないです。しかし、加藤センセに言わせると決定的な場面は3回くらいあった。(非常に困難ですが)そこで違う判断をしていれば、ひょっとしたら歴史は別の局面をたどったかもしれない。

加藤陽子という人、明快でわかりやすくていいですね。収穫です。


それでも日本人は「戦争」を選んだ 加藤陽子

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その加藤陽子の本ということで借出し。今度は中高一貫校の歴史クラブの生徒相手にお話するという趣向です。生徒といっても栄光学園ですけどね。優秀。

やさしい筆致(というか語り)ですが、内容は非常に面白かった。知らんかったことが多いです。
たとえば。

・太平洋戦争が始まる直前の段階。日独の戦力は英米をはるかに凌駕していた。要するに強かった。だから「緒戦は勝てる」という考えには一定の合理性がある。

・パールハーバーの米艦隊が安心していたには理由があり、水深の浅い湾で魚雷を落としても底につきささってしまう。つまり無理。その無理を無理でなくしたのは、月々火水木金々の猛訓練。

・仏印を多少侵攻しても米国が参戦しないだろうという楽観論にも、実はかなりの根拠があった。

リットン調査団の時点では、実はまだ妥協解決の道があった

・日本軍には(資材でも食料でも人材でも)補給という思想がなかった。

・マリアナ、パラオあたり、つまり1944年6月あたりでもう挽回不可能、敗北確定。以後はすべて悪あがきで無意味に国民を殺した。戦争死傷者の大部分は戦争の終盤(悪あがきの期間)に集中している。

・皇道派とは「社会主義革命を目指した隊付将校」のこと。なぜ若い軍人が社会主義を目指したかというと、農民を代弁する政治家も政党もなかったから。そして非皇道派の軍人をなんとなく「統制派」と称した


中国の大盗賊・完全版」 高島俊男

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前々から読みたいと思っていた本です。図書館では発見できず、しかたなく(珍しく)アマゾンで買いました。

著者の高島さんの定義では「盗賊」とは集団で、武力をもって地域を荒らしまわったり占拠した連中です。クロサワの「七人の侍」に出てくる、馬で走り回っている山賊連中を想像するとだいたい正しい。中国の歴史をながめると、どこにでもいたし、いつでもいた。一定の条件下にある農耕社会ならこうしたあぶれ者、ごろつき。どこにでもいます。

(交通網がボロボロ、官憲の力が脆弱で、食い物を容易に奪える農耕社会でないと「盗賊」は無理です。たとえばアフリカのどこかとかフィリピンの山の中とか。いまの日本では絶対に盗賊団は成立したない)

ということで盗賊の代表として漢の劉邦、明の朱元璋、明末の李自成、太平天国の洪秀全。そして最新は中共の毛沢東ですね。毛沢東を「大盗賊」にしてしまったのがこの本のすごいところ。井岡山に潜伏し、延安まで逃避行、そこから反攻して首都奪還。たしかに大盗賊です。そして見事に毛王朝を樹立してしまった。あいにく跡継ぎの皇太子がいなかったんで、王朝としては不完全。鄧小平が実質的に別王朝を立ててしまった)

中国共産党とか毛沢東理論をマルクス主義で理解しようとするとべらぼうに難しい。無理が多すぎるわけです。しかし毛沢東にとって「マルクス主義」は洪秀全のキリスト教と同様、たんなる景気づけのスローガンです。難しく考えずシンプルに「大盗賊が王朝を簒奪した」と解すると非常に明快。これがそもそも「革命」ですわな。

この本の元本(「中国の大盗賊」毛沢東の部分ナシ)が出版されたのがたぶん1989年。天安門事件の年です。この頃だとまだ毛沢東を批判するのは遠慮があったんでしょうね。そうした遠慮がなくなって、割愛部分を追加して2004年に刊行したのが「中国の大盗賊・完全版」です。


クロサワの盗賊は馬に乗って身軽に駆け回っていますが、中国の盗賊団の場合、女や子供、雑役夫などなど引き連れてゾロゾロ移動していた。たとえば3万人の盗賊団という場合、実際の戦闘員はだいたい3000人くらい。あとはみーんな「その他」だったらしい。


紅楼夢」 曹雪芹

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なにを思ったか、とりついてみた。

結論としては、かなり読めます。6巻まで読了。すごーく面白いとまでは言いませんが、けっこう楽しめる。曹雪芹という人、なかなかの書き手とわかります。ユーモア感覚もけっこうある。

しかし全12巻の半分までたどりついて、さすがにエネルギーが途絶えました。しかし最後のほうの巻は曹雪芹じゃないという説もあるし、ま、6巻読んだらヨシとするか。

元気がでたらまた読んでみてもいいな・・・とぼんやりは考えています。でも実際には無理だろうなあ。

注) 第44回、派手な立ち回りの場面。あんまり面白かったので絵にしました。下手ですけど。