「切腹考」伊藤比呂美

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文藝春秋★★★★
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伊藤比呂美という人、詩人ですか。なんとなく名前は知っていましたが、読むのは初めて。

非常に元気なというか、エネルギッシュな本です。ん、少し違うか。少なくとも、読んで記憶に残る文章です。本人も「書いてるのは詩だ」と言っている。一文ごとに改行するのだけが詩ではない。といって、いわゆる「散文詩」でもないです。キラキラ光ってもいないし意味ありげに感動させるわけでもない。でもこの一冊は確かに「詩」ですね。きっと。

えーと、タイトル通り、切腹をいちおうのテーマとして書かれています。あとは鴎外への愛かな。非常に好きみたいで、鴎外の翻訳(青空文庫)をコピーして縦書きに直してペースト。ルビやなんかがメチャになるので、それを修正していく。当然ながら旧字やら異字がてんこもり。いちいちコードを探しては直す。大変な作業だわな。気が遠くなる。

そうやった結果、鴎外の文章を顕微鏡でながめるように眺めて、違和感が生じた。なんで「・・・だ」「・・・だ」と続いてその次の行だけ「・・・である」なのかとか。要するにあえて必要もなさそうなのに言葉のリズムがときどき変わる

これは漢詩のリズムだそうです。五言絶句なんかの押韻らしい。A-B-C-BとかA-A-B-Aとか。意識してそう訳したのか、それとも鴎外が自然に訳文を考えるとそうなってしまったのか。なんせ漢文、漢詩が幼い頃から体にしみついていた人だった。なるほど。我々ならつい五七五にしてしまうのと同じ。非常に面白かったです。

あとはまあ鴎外と女の話とか。チャラチャラして金髪のエリス(だったっけ)が主役とはとうてい思えないので、ほかに女がいたはずだ。もっとしっかりした意志のあるドイツ女。

で、本の後半は米国でツレアイを看取る話とか(すごい迫力)、阿部一族の話。そうそう、阿部一族で殉死の許しを得たナントカいう若い武士、腹を切る前に好きな酒を飲んで昼寝する。昼寝の時間が長くなり、老母と若い嫁がそろそろ起こそうというところ。鴎外の「阿部一族」では、けっこう泣ける場面なんですが、原典らしい「阿部茶事談」ではニュアンスが違って、老母も嫁もかなり冷たい。

長々と昼寝していると世間の目もある。どうせ腹切ると決まったからには早く切ってもらったほうがよかろう。ほんにそうですね。では起こしますか・・という感じ。この相違は面白いですね。こっちのほうが、いかにも「事実」という感じです。それを鴎外はオブラートに粉飾した。伊藤比呂美も「中傷とか噂とか、みんな傷ついて死ぬ。いやな本だ」という趣旨を書いています。確かに。