中央公論新社★★★
3年前に借りて半分も読めずに返したのを、ようやく再借り出し。
すべて武田泰淳を看取った後に書かれたエッセイでしょう。勤めていた神保町ランボオ らんぼおの思い出、交流のあった作家や評論家、河口湖 富士北麓の山荘や地元の人々のこと、さんざん見た映画やテレビのこと。食べ物の話。期待にたがわずいいです。
百合子さん、理由は書いてないですが、たとえば「桃太郎侍」は嫌いだった。たぶん正義の味方がえらそうに活躍するのは好きじゃなかったのかな。火曜日は見るテレビ番組がないと嘆いてる(水曜だったかも)。カッコつけたのより人間くさいのや悪人のほうが面白い。ポルノ映画もよく見ていますね(※)。
未知との遭遇のような有名映画も、ドンパチの西部劇も、どうでもいいポルノ映画もまったく同列。区別をつけずに楽しんだりけなしたり。ウドンをすすったりカレーを食べたり。67歳で死去。肝硬変と書いてあった。納得。
そうそう。文中、「遠藤麟一朗」の話が出てきます。貧しい女給だった百合子が腐ったような汚いパンプスでドタドタ歩き回るのを(たぶん)美意識的に耐えられなかった(と百合子は想像)。靴屋に連れていって、彼女の月給2カ月くらいする靴を買い与えた。
とにかくスマートだったらしい。輝くようなダンディ。ただまったく知らない名前なので調べてみると、戦後すぐ、学生の身分で「世代」というハイクオリテ雑誌を立ちあげたという。時代の旗手。輝く天才。しかし住友銀行に就職。労働運動にかかわって不遇、左遷。やがてアラビア石油。中東。なんかアルチュール・ランボーを彷彿とさせます。
そうか。それでエンリンが「あれ何だと思う? そう、銀行」と電車の窓から教えてくれるシーンが書かれている。何の意味か不審でしたが、就職したことを暗示していたのね。後年になって、百合子の富士日記がどこの雑誌に連載かを尋ねる電話が入る。もうすぐ単行本になるし、あのときのパンプスのお礼もあるので、本を送りますと伝えると「いや、本屋で買います」とキッパリ。
話の接ぎ穂がなくて「朝、早いですね」と電話口で言うと叱られる。こんな時間を「早い」なんて言うんじゃありません。サラリーマンにとっては、もう決して早い時刻なんかじゃなかったんでしょうね。ちなみに百合子はいろんな場面、いろんな人に叱られています。
ちなみに「遠藤」はなぜか「エン」になる。遠藤麟一朗はエンリン。遠藤周作はエンシュウ。遠藤憲一はエンケン。言いやすいのかな。不思議です。
※開高健・牧羊子夫妻招待の中華パーティで、食事の後はより抜きブルーフィルム鑑賞会なんかがあったり。時代です。
※当初あった映画関連5行ほどは削除訂正しました。