「グランド・ミステリー」奥泉光

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grandmis2022.jpg角川書店★★★

分厚い文庫。計ってみたら4cmあった。

冒頭は北太平洋、海軍の潜水艦伊ナントカ号内部から。たぶん2000トンくらいはある艦で、真珠湾アタック寸前ですね。特攻艇みたいなのが付随していて、これには二人が乗る。乗って湾口を潜行して、魚雷を発射してすぐ逃げる。逃げるというのはタテマエで、ま、99%実質は特攻です。

もうひとつ、空母蒼龍だったかな。まずゼロ戦がカッコよく出撃していく。その次の離陸が九九式だったか九六式だったか。どっちかが艦爆でどっちかが艦攻。軍国少年じゃないので、詳細は知りません。

ま、そんな昭和十六年。オアフ島北の海域。潜水艦の艦長室から金庫が盗まれる。母艦へヨロヨロ帰還してきた艦爆だったか艦攻だったかの機長が、なぜかコックピットで毒死している。

謎です。

で、いきなり舞台は東京へ。こっちは中流階級ふうの若い娘さんがホメーロスかなんかの読書会に参加している。講師はまるで「猫」の苦沙弥センセイか「三四郎」の広田センセイか()。ま、浮世離れしていで戦時中とも思えない。

で、一方ではできたてホヤホヤの未亡人を戦友だった潜水艦乗りが訪問。たぶん色っぽい女性らしいです。ま、想像とおりになる。そういう小説か・・・・と思い始めたのところから事態がガラガラかわります。

未亡人がなぜかいなくなる。あやしい人物群が暗躍する。強気の娘さんが特高に脅されて泣きそうになる。妙に魅力のある悪人がヒラヒラする。

海軍はミッドウェイでボロボロになる。ガダルカナルへ行く。硫黄島で死ぬ。こうした戦闘シーン、迫力あっていいです。作者の奥泉さん、1956年生まれというから昭和31年か。しっかり調べてる。当方かなり年上なものの、登場する兵たちの「エンカン服」とか「事業服」、恥ずかしながらまったく知りませんでした。そういう言い方したんだ()。

ま、正直、ストーリーはわけわかめ状態になります。予知能力なのか、パラレルワールドなのか、あるいは幻想なのか。そして悲劇の主人公ふうだった未亡人は戦後銀座の海軍バーのマダムになり、あやうく結婚しかかった生意気娘は髭面の帰還将校にほれられる。髭面だけどシェークスピアの一節を暗記している。

SFともミステリーとも、厭戦小説とも、なんとも言いようのない長編です。要約不能ではあるものの、魅力はたっぷり。奥泉ワールドとでもいうんですかね。

ちなみに表紙絵はアングルの「グランドオダリスク」。オダリスクってのはハレムの女奴隷のことだそうです。この絵、人体構造を無視した不思議なデッサンでも有名です。

 

奥泉光というひと、実はかなり重度の漱石オタクです。

死んだ父がよく母に「そろそろ寒いからタンコー出しておいてくれ」という言い方をした。なんとなく「炭坑」を連想。数十年たってから、あれは「短袴」と気がついた。将校なんかがつける乗馬ズボン。スネが細くなって暖かい。ゲートル巻くのにも都合がいい。