「天皇退位 何が論じられたのか」御厨 貴

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tennoutaii.jpg中央公論新社★★★

御厨という名前、ときどき目にします。たぶん政治学者でしょう。立ち位置も不明だけど、少し保守寄りなのかな。令和改元が5月1日になった件で「改元の日はメーデーですよ」とか感想を述べていたらしい。着眼点がユークだなあ。

それはともかく。平成天皇がいきなり辞意をもらした件。意志のないはずの「象徴」が重大な政治的な生身の話をしたわけで、けっこう騒ぎになりました。

さすがに放置しておくこともできず()、政府は有識者会議を招集。その座長代理をつとめたのが御厨氏です。で、あとになって、天皇発言についての記事やら談話やら論説やらをいっぱい集めて本にした。いちおう中立な立場で、ざっと400ページです。

日時をかけてそれをずーっと読みました。面白い意見もあったし、つまらないのも多かったけど、それでも350ページくらいは読破したかな。いわば九合目。で、ついに挫折。頂上まで行くことがなにか意味あるわけじゃないので、これでヨシとします。

それぞれの記事の細かい感想とは別に、通して読むと徒労感がありました。なぜか・・・と考えると、要するにそもそも天皇制そのものが不自然でおかしいからですね。戦後のバタバタ騒ぎ。ゆっくり新憲法を練っていた松本委員会に対してGHQから指示が下り、進駐軍の若い理想主義者たちが急ごしらえ。また政治情勢から天皇退位・天皇定義のつきつめを避けた。つまりは理想主義と現実、妥協の産物なんでしょうけど、しかしできあがったものをまじめに読むと、こんなヘンテコリンな憲法というか「法」はないです。

中学校で、天皇は「象徴」と教えられました。なんとなく納得していたけど、後年、これを英語にすると「symbol」と知ったときはかなり愕然とした。シンボルですか。象徴とシンボルではかなり雰囲気が違う。漢字とカタカナの差。ありがたみが消える。で、生身の人間がシンボルになってしまうというのははて・・・。

平成天皇(上皇) が日本各地へ出向いたり、避難民に寄りそったり、それどころか膝を折ったり。こうした行動が国民の共感を呼んだことは事実ですが、でも法としての「憲法」からすると違反行為です。あきらかにシンボル逸脱。でも、それが悪いか!と平成天皇はたぶん考えた。

だから海外、サイパンやベリリュー島にも行った。海上保安庁の巡視船にも泊まった。宮内庁はかなり反対したようですね。でも天皇は強行した。それこそが象徴としての責務であるという強い意志があった。

で、これからどうするんでしょう。そもそも政府は皇室典範にさわりたくないらしい()。女性宮家、女系天皇の是非も論じたくない。ひょっとしてここにも統一教会の影響があったのかなかったのかは知りませんが、結果的に面倒なことはすべて先送り

そうそう。「天皇は何もするな。几帳の中にこもってひたすら祈っていればいい」という類の論もけっこうあったようですね。確かにそういう理屈も可能で、天皇をお祈りロボットかつ決済印ロボットにする論。極度の理想主義で、さすがに無理がある。すべては戦後に天皇問題をきちんと総括しておかなかったツケでしょうね。日本政府も政党も企業も、みーんな総括が嫌い。ややこしい問題をすべて先送りにした。()

 

この騒ぎでアベの改憲発議の機運がそがれてしまったという説もあるらしい。

戦後の学者の中には「典範」という特別な呼称はおかしい。単なる法なんだから「皇室法」にすべきという意見もあったとか。なるほど。卓見。鋭いひとがいたんだなあ。

少子化問題とか、議員定数是正とか。国債発行とか。原発のゴミ処理とか。みーんな先送り。ツケは後世に。それが楽です。