集英社★★★
紀和鏡は中上健次の奥さん。「気は狂」と命名したのは亭主らしい。伝奇小説を多く書いているもよう。和歌山生まれかと思ったら、東京っ子でした。
この小説、たぶん4回目です。ずっしり分厚くて、決して寝ころがっては読めない。それにしても「夢熊野」というホワホワした題名はあんまり合わないなあ。カバーもピンク系がつかわれていて、装丁が違うと思う。
主人公は賢くて美女で活動的で源為義の娘。つまり義朝の妹、八郎為朝の姉、頼朝や義経の叔母。それどころか熊野ふきんに残る強力な巫女の血筋で、伝承のヤタガラスなんかとも関係がある。妖女。60すぎても20歳くらいには見える。
そうそう。今年の大河ドラマでも熊野牛王の誓紙が出てきましたね。書かれた誓約に反すると全身から血をふいて死ぬこと間違いなし。たぶんヤタガラスが全国をまわって、違反者には毒でも飲ませるんだろうな、きっと。こうして熊野権現の権威が保たれる。
ま、その程度に思っていましたが、「誓約が破られると、熊野のカラスが一羽、枝からボトリと落ち、そして違反者が死ぬ」という趣旨の話をどこかで読みました。単に罰するだけではなく、代償として一羽が犠牲になる(※)。面白い発想だなあ。
ま、それはともかく。ヒロインが完璧すぎて大昔の少女マンガみたいなんですが、でもしっかり読ませます。村の住人には愛され、ヤタガラスの少年にはひそかに慕われ、海賊の跡継ぎにも惚れられ、なにかと助けられ、野心に満ちた熊野の別当たちは婿として通ってくる。おまけにトシをとらない。
つまり熊野三山の次期別当になろうとするならこの主人公、たずひめ=鶴姫のバックアップがぜったいに必要なんですね。それどころか鬼か天狗か、不可思議な異族まで登場して子供を孕まされてしまう。生まれるのはもちろん鬼の子供です。
そうか。ナウシカなのか。風の谷の住民も他の部族も、みーんなヒメさまにあこがれる。オウムの群までが心を通わせる。こうして八百比丘尼さながらの「丹鶴姫」「たつたはらの女房」伝承が生まれる。そうそう。ヒロイン設定はともかく、中身の大部分は平安末期から鎌倉初期、熊野三山の政治史、権力史みたいなものです。熊野伝承の民俗的な語りもけっこうあります。
※熊野にはいまも丹鶴伝説というのが残っているらしいです。平安装束の怪しい女が出てきて悪さをする。子供をさらう。あな恐ろしや。
※一羽ではなく三羽死ぬともいうらしい。真偽は不明。