文藝春秋★★★★
副題は「人間を生き残らせた出来の悪い足」。
確かに人間の足は出来が悪いです。冒頭付近に出てきますが、ウサイン・ボルトがどんなに頑張っても、チーターと勝負はできない。草原にいたら、あっさりライオンに食われてしまいます。足が遅すぎる。なんのための二足歩行なのか。
今までの常識では、四つ足のチンパンジーみたいなのが、諸般の事情に迫られて立ち上がる。前かがみだったのがだんだん直立しはじめ、最後はすっくと立った人間になる。人類進歩図みたいなのが有名ですね。ただ著者によると、これは間違いだそうです。
ゴリラもチンパンジーも両手の拳を地面につけて、ユッサユッサと歩きます。ナックルウォーク。ただこのナックルを、いまの人類のように自在な手に変化させるのは非常に困難らしい。要するに素性が違うと考えるのが正しい。
人間とチンパンジーの分岐は600万ぐらい前。なるほど。ところが最近、1000万年ほど前の地層から二足歩行ふうの類人猿の化石が発見された。困ったことになった。これは何なんだ。
証拠が残っているんで、どうであれ1000万年ほど前に二足歩行のサルがいたと考えるしかないです。ただし著者は、地上ではなく樹上での二足歩行と考えます。現在も木の枝の上で直立して移動しているサルは確かにいる。そのサルの仲間の先祖が何かの事情で(たぶん仕方なく)地上に降りてきたと考えたらどうだろう。木の上に残ったのがチンパンジーになった。地上に下りたのがヒトになった。
だから四足歩行のサルがそのまま二足歩行の人間に進化したわけじゃないです。
「2001年宇宙の旅」ですか、地上のサルが何かの拍子に動物の太い骨を手にします。これで豹とも戦える。仲間も殺せる。武器という道具を手にして、弱いサルが強いサルに変貌。輝かしい人類の進化が始まった・・・という名場面ですが、これは錯覚。二足歩行しても、実はたいして良いことはなかった(※)。あいかわらず猛獣には襲われた。逃げてもすぐ追いつかれた。
狩りをする人間ではなく、狩りをされる人間ですね。どこかの洞窟に人間の化石と豹の化石があって、ちょっと前までは「人間が豹を殺した証拠」と思われてきたんですが、そのうち人間の頭蓋骨に開いた二つの穴が、豹の牙にぴったり合致することが判明した。つまり豹の穴に獲物(ヒト)がひっぱりこまれたらしい。なるほど。ヒトはずーっと食われ続けてきた。「Man the Hunter」ではなく「Man the Hunted」。
ではそうした弱いサルがなぜ繁栄できたのか。著者は「共感」といいます。ほんとかなあ。二足歩行は効率が悪いし、とくに子供を抱いたメスは早く歩けない。仲間が助けてやらないと生き残れない。いまでも人間は複数で歩くときは相手にペースを合わせます。また、かなり昔から出産の際には仲間のメスが手助けしたらしい(絵が残っている)。これが「共感」。この共感があったから弱い人間たちが助け合い、生き残れた(※)。
ちなみに「人間は二足歩行を始めてから産道が短くなり出産が困難になった。また二足歩行のおかげて手を自由に使えるようになり、脳が発達して頭蓋が大きくなった。メスは仕方なく成熟前に出産してしまう作戦をとり、結果として嬰児は誕生後も長期間にわたって周囲の援助が必要となった」という非常に明快な説があります。
素晴らしくキレイな説なんですが、これも違うそうです。人間の妊娠期間は他の類人猿と比較して短くなんかない。だから出産は大難事となる。スッキリしたもっともらしい説って、けっこう落とし穴があるんだそうです。
著者は古人類学者で特に「足と足首」が専門とのことです。この本、いろいろ書かれてはいますが、要するに「ヒトはサルが立ち上がった結果ではない。逆に手をついて歩くようになったのがチンパンジーやゴリラ」という主張が目ウロコです。これだけでも十分にショッキングではあります。
※立ってもいいことはなかったけれど、手を使って何かするのが上手になった。ゴリラなんかもつぶれやすいバナナを運ぶときは、手で持って歩くそうです。
※美談だけではなくて、この共感があるから協力して敵を殺す。戦争もする。助け合いもする。両面です。