岩波書店★★★★
最近の閻連科はなんかブッ飛びすぎて、非常に読みにくい感があったのですが、この「四書」もその系列。ただしメッセージは明白です。毛沢東の「大躍進」とその後に続いた「大飢饉」ですね。
党の方針に反した(あるいは誤った思想の)知識階級は更生区に送り込まれます。そこで学習して正しい共産者義者になりなさい。黄河のほとり、いちばん端に設営されたのが第九十九更生区で、「作家」や「宗教」や「学者」たちはお上から遣わされた「こども」の指導のもとに生産と学習、更生にはげみます。
すべては神話ですね。あるいは聖書の世界。では「こども」とは何であるかが問題なんですが、よくわかりません。お上の子=神の子ともいえるし、未熟な紅衛兵でもある。指導は厳しいけど、心は「善良」です。すべてよかれと信じて監督する。もし自分が間違うようなことがあれば「この押し切りでオレを切れ!」と指示します。あるいは「この銃で撃て!」「ただし必ず前に倒れるように殺せ」。日本兵と戦って勇敢に死んだ、かつての共産軍の英雄の姿です。
1畝で何斤(※)の小麦を生産できるか。がんばっても300斤くらいと申告するんじゃ愛国者とはいえない。思い切って500斤か、いや800斤。お前だけが500斤なんて言い張ったらみんなが迷惑するぞ、さ、どうする。それどころかどこかの更生区は1500斤と主張したらしい。いやいや5000斤。1万斤という申告もあったらしいぞ。
こどもは思い切って「我が更生区は1万5000斤生産する」と申告して英雄になる。地区や省から褒められる。この調子で頑張れば中南海でメダルがもらえるかもしれない。
メダルシステム。こどもが認めると赤い紙の小さな花をひとつもらえる。小花が5つたまると中花がひとつ。中花5つで大花。大花メダルが5つなら更生区を出て家に帰れる。つまり125の小花で妻子のもとに戻れる。最初はバカにしていたものの、そのうちみんな花集めに目の色を変えます。隠しておいた非共産主義的な本を差し出すと花1つ。大切な聖書にしょべんかけると花5つ。
「学者」と「音楽」は好きあっています。なんせ「音楽」なんで、まだ若い女性。二人は密通関係をあばかれて筒帽子のさらし者になって「反省」させられます。文化大革命のときのお馴染み吊し上げですね。密告した「作家」は待望の花をたくさん獲得。
やがて鉄の大生産指令。国中の鉄製品をレンガ製の高炉にほうりこみ、粗末な銑鉄を作る。次は鋼の指令。しかたない、温存しておいた良質なカマやスキを使ってハガネ塊を提供する。国中の木を切りつくし、クギから蝶番まであらゆる鉄を使い果たす。山から樹木が消えて、川が氾濫する。洪水。スズメを殺して害虫ははびこり、作物は枯れはて、やがて飢饉。
最後は想像どおり、人肉喰い。だからといってが彼らが更生区を抜け出すことは許されない。区から出てはいけない、部外者に実情を話してもいけない。その場にとどまって飢えよ。
結末らしきものはありますが、うーん、難しいです。英雄的ともいえるし、不可解ともいえる。中央へ嘆願に出向いて帰った「こども」は、最後に自ら十字架にかかる。リアリズムではないんです。すべて神話の世界。
閻連科の新刊はたいてい刊行に苦労しますが、それでもどこかに出版してもらえるのが普通。この「四書」は国内すべての版元が刊行拒否したそうです。危険きわまる。珍しいケースらしいです
※畝=日本の畝(セ)とはまったく異なる単位で「ムー」。だいたい6アールらしい。日本の「1反=田んぼ1枚」の3分の2程度かな。
※1斤=160匁。1匁=3.75グラムなので600グラム程度。昔ならお店にいって「砂糖1斤ちょうだい」なんて。このへんの計算、尺貫法からメートル法へ移行期の子供たちはさんざん計算させられました。
※300斤なら180キロで、ま、常識的収穫量ですが、1万5000斤というと600グラム×15000=9000キロ。はい、だいたい9トンです。
(現代ニッポンでも10アールあたり収量300kg強という数値がありました。これを中国式の「畝」に換算するとやはり180kgですね。このへんが普通なのか)