中央公論社★★★
わりあい伝統的なつくりの小説です。清末から民国の初頭あたりが舞台ですね。場所も黄河の北に位置する町と長江の南の町。主題となっている「文城」は、ま、存在するようなしないような。だから「夢幻」ということなんでしょう。
北の町の背の高い男・林さんは、遠い南からきた女・小美と知り合います。南の出身なので、たぶん小柄なんでしょうね。ところがやがて女は失踪する。何カ月かして戻ってくると「子供が生まれる」と言う。自分が去るだけならともかく、生まれる子供は家(林家)のものです。お腹の跡継ぎまで連れ去ってはあまりに申し訳ない。だから戻った。
というわけで、出産。しかし一歳の誕生日の後、子供を置いてまた女はいなくなる。
男は嬰児をふところに抱いて南へ旅します。妻の出身と聞いた「文城」を探しての旅です。途中、民家から赤ん坊の鳴き声がすると扉を叩く。ビタ銭を握りしめて「乳を飲ませてほしい・・」と懇願します。こうして「百の家で乳を飲ませてもらった娘」林百家が育つ。
まるでメロドラマですが、ここに政情がからむ。北洋軍と民国軍の戦闘。はびこる軍閥、暴れまわる匪賊。匪賊っていったって生半可なものじゃないです。凶悪強盗団。なんせ警察も軍もあてにならない(というか、むしろ迷惑。匪賊と結託している)。斧や剣、銃や大砲で武装した大規模殺戮団ですね。住民はバッタバッタと死ぬ。無意味に手腕を切られ、拷問され、ひたすら無意味に死ぬ。
そうした暴力と貧しさの中で、けんめいに生きた人々がいた。まだ「侠気」みたいなものが尊重された時代のようです。いいかげんに生きた男ももちろんいたし、惨めに死んだ住民もいた。ま、そういう時代だった・・ということでしょうか。
構想20年とか。余華のものでは読みやすい部類と思います。