講談社文庫★★★
水木しげるのニューギニア、ニューブリテン島もの。ただ、ちょっと予想とは違っていました。
自分の体験。毎日ビンタの悲惨な新兵体験を(たぶん)もちまえの楽観、諦観で能天気な雰囲気につづったものと想像していたのですが、そうではなくて一応は「事実をもとにしたフィクション」「作品」でした。マンガで書かれたことの90%は事実だそうです。
「敗走記」は短編集です。冒頭の作品だけが「水木二等兵」ですが、他は水木とは限らない。聞いた話、関心もったテーマ、へぇー?というエピソード。
たとえば二人の若い色白美人のいる一家が前線部隊のすぐそばに住んでいて(※)、スパイの疑いもあり、それならいっそ慰安婦になってもらおうという話もあったがなぜか無事に過ぎたり。あるいは現地で出会った色黒美人(これも!)と真面目な兵隊とが仲よくなって、懇願されて部隊と同行したり・・とかいう信じられないような話も。
「総員玉砕せよ!」は長編。とある大隊(支隊)の玉砕の経緯です。まだ若い20代の少佐が500人ほどの大隊(支隊)の長となる。もちろん職業軍人です。「500人といえば、かの楠公がナントカの戦いで率いた兵の数ではないか・・」とか感動している。かなり怖いです。
そういう真面目な少佐がなぜか「玉砕」にとりつかれる。死に時を求めて玉砕を決断する。ラバウルの本部(まだ10万の部隊がいた)に伝えてしまう。ただ、こうした「玉砕」、単純に「やれ!」と命令すれば可能というものでもないですね。それなりの経緯、必然がないと難しい。(※)
よく知りませんが、硫黄島では可能だった。あるいは必然だった。もっと前、ペリリュー島でもそうした条件があったんでしょう。とこかで新任の少佐がまねして「やるぞ!」と命令したって、うまくいかない。
しかも公式に「玉砕」したはずの部隊。兵が生き残っていては困る。死んでもらうしかない。悲喜劇です。
詳細は省きますが、マンガでは最後に派遣参謀が敗残兵をまとめて突撃する。そして流れ弾で死ぬ。でも実際は「参謀はテキトウなときに上手に逃げます」と水木しげるは語っています。高級将校ってのは戦死しないものなんですね。
登場する兵たちはいつもの水木マンガ。呑気なアホ顔ですが、背景はすごい迫力。鬼気せまるリアリズムです。水木しける、当然ながら絵はうまい。
※願いがかなうなら食い物か、それとも女か。どっちか? ミジメな犬のように生きている兵たち(まだ20歳とか21歳とか)にとっては非常に大きなテーマです。
※すぐ隣の地区を守っていた連隊長は「あの場所をなぜ、そうまでにして守らねばならなかったのか」と言ったらしい。勝手な(迷惑な)美学だったんですかね。