中央公論社★★
全集の第一巻におかれたのは「氷輪」。ひょうりん と読むんですかね。小説ではなく、歴史解説というか歴史解釈というか。
鑑真が登場します。あまりにも有名な人ですが、その実、あんまり知られていない。日本に来た。歓迎された。・・で、唐招提寺が建てられた。その程度です。日本でどう迎えられたのか、どんな成果をあげたのか。どう没したのか。
で、想像通りでしたね。大唐からの渡日なんで、もちろん歓迎してもらったようだけど、でも本当のところはかなり温度差があった。『戒』を授けるってのは日本の帰依者が考えるような簡単な「賞状」じゃなかったようで、たしか5年だったか。5年がかりで必死に学んで、ようやくひとつ進級。ちょっと学校に通ってすぐ免状というような安易な代物ではない。少なくとも唐僧たちはそう思っていた。
唐僧たちと日本の僧・政治家の間には根本的な考えの相違があったわけです。
日本側の代表が藤原仲麻呂と東大寺の良弁。良弁ってのは、どこかの田舎で母親が畑仕事をしているすきに、大ワシにさらわれた。ワシはお寺の高い杉の梢に赤ん坊を置き去り。鳴き声を聞きつけて寺のものが救出して、そこで育てる。立派なお坊さんになりました。という話、子供のころに読みました。
で、その良弁はやがて出世して東大寺開山。悪い人ではなかったんでしょうが、原理主義的なことをいいはる唐僧たちにはたぶん迷惑した。日本には日本のやり方があるんです。結果的に「良弁・東大寺」と「鑑真・唐僧」はギクシャクする。
で、政治の世界は藤原仲麻呂。永井さんの見立てでは、日本人には珍しい完璧主義者。鑑真をある程度は庇護していたし、同時に良弁を重用もしていた。で、当時の女帝である孝謙天皇(従姉妹です)をカイライに仕立てて、実質的な仲麻呂王国をつくろうとして、ほとんど完成しかけた。
そこに出現したのが予想外が弓削道鏡です。永井さんの本には、悪人は登場しません。仲麻呂も良弁も道鏡も、ま、ふつうの人間。ずるいことも考えるし、良いこともする。で、たぶん生真面目な道鏡と世間しらずの孝謙天皇が男女の仲になってしまった。中年の恋は激烈です。常識がないんです。どんどん出世させたい。
アホな世間しらずがなにを増長、押し潰してくれようぞ・・とクーデターの計画たてた仲麻呂なんですが、上手の手から水がもれる。意外や意外のハズミで、何も考えていないみたいな孝謙に、仲麻呂勢は連戦連敗。ついに琵琶湖のほとりで敗死。
和気清麻呂がナニしたとか吉備真備がドウしたとか、ま、たいしたことじゃないようです。要するに実力者・仲麻呂が倒れた。アハッハと笑っていた孝謙は重祚して称徳天皇になったけど急逝する。その後は吉備真備の時代になるかな?だったんですが、真備の推した天皇候補(老齢だった)が意外なことに辞退し、結果的にまた藤原一派の時代に戻る。ただしもう長男武智麻呂の「南家」ではなくなりました。
で、ずーっと静かにしていた鑑真は、唐招提寺で没。この唐招提寺、いまの規模で考えると少し違うみたいです。かなり貧しい。小規模。鑑真の彫像を作成するための漆の入手にも苦労したようです。念願の金堂が建てられたのはだいぶたってかららしいです。
ま、そんなふうな本でした。読むのにかなり苦労します。